破獄 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1986年12月23日発売)
3.87
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本棚登録 : 1997
感想 : 208
5

昭和11〜22年の間に東北・北海道の刑務所から4度の脱獄を果たした無期刑囚の大胆かつ緻密な計画とその超人的手口に肉薄描写した一冊。

著者は昭和54年、元警察関係の要職にあった人から脱獄を繰り返した一人の男の話を聞き、関心を寄せる。取材を重ね膨大な資料を渉猟。それらを元に肉付けし、ノンフィクション仕立ての物語にした筆力にただただ唸るばかり。

この小説の特徴として『会話』が極めて少なく、主人公の無期刑囚と、いつまた脱獄するのではないか…という看守たちの怯えと不安が交錯する心理描写が淡々と描かれ、極寒の独房での過酷さ、看守の目を盗み、着々と脱獄の企てをしているであろう不気味さと緊迫感を生む相乗効果もある。

主人公は難攻不落と言われた網走刑務所からも脱獄をしており、『アルカトラズからの脱出』よろしくやすやすと監獄の壁を破っていく。看守たちからは『容易ならざる特定不良囚』と呼ばれる。

身体能力もさることながら、知力・判断力・洞察力に加え忍耐力を兼ね備え、ある看守は呟く。『その類稀なる智力と体力を他のことに向ければ何事かを成し遂げた男になったはず…』は、読者も総じて抱く思いのはず。

本書は脱獄歴を縦軸に、戦前戦中戦後の刑務史について筆は及ぶ。戦時中の食糧難時でも一般人より栄養価の高いものを提供され、看守より体格がよかった。ただ都会にある刑務所は例外で、栄養が偏り受刑者の病死が相次ぐ。一方、野菜を自給できる網走刑務所は極寒地であるにもかかわらず死亡率が低かった。網走刑務所が『農園刑務所』と呼ばれる所以である。

もっとも驚かされたのは戦時中の囚人たちの使役。刑務所外活動〈道路・港湾・飛行場建設等〉も頻繁に行われ、占領国に海外にまで派遣もされている。多くの男性は戦争に駆り出され、労働力が払底している最中だけに貴重な労働力であったことを物語る。

戦後は国に代わりGHQが囚人の不当な扱い調査を
執拗に行い、戦前までの旧弊の撤廃と民主化に向けて介入を行うも頓挫をしている。そう、本書は刑務所内も戦争に大きく揺さぶられていく経緯を克明に記している。

著者は現実の事件や歴史上の事象をめぐり、一貫して文学的アプローチで追求をしていく。本書の場合は『脱獄』であるが、その『目的(プロジェクト)』完遂までの狂おしいほどの熱情と知恵を遺漏なく押さえ、壮大な物語へと仕立て上げ、読者は善悪・良否という二元論をどこかに捨て去り、脱獄を果たす度に思わず快哉を叫びそうな衝動にかりたてられるはず。

〈無期刑囚と看守たちの息詰まる攻防記〉オススメ!

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2021年1月18日
読了日 : 2021年1月18日
本棚登録日 : 2021年1月18日

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