裏庭 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2000年12月26日発売)
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キャロルもボームも、たぶんエンデですら、ここまで現実世界とファンタジー世界を並行して見せ、なおかつ現実での死者がファンタジーでは誰、と厳密にイコール関係を結んだりはしなかった。
そういう意味でこれは童話ではなく、童話の形式を借りながら、「喪の仕事」を全うする現代小説、にアップデートされている。
ただし古き良き児童文学を好む人には、あまりにも図式的な寓話、言葉遊びなどの不足、いわば息苦しさが物足りないのではないかと忖度したりもした。
個人的には童話ではなく小説としてロジカルに読んだ。

各個人の不思議な体験が表明され、それがひとつの裏庭に端を発し、世代を経て裏庭も更新されていくという推移が描かれるが、
通底するのは、人の死をうまく悲しめない状態だとわかってくる。すなわち傷。
これはファンタジックな舞台を使わなければ、たぶん何年何十年かかるし、ちっとも劇的でなく、
忘れたように受け容れているのか忘れているのか見ない振りをしているのか、極めて不分明な状態になる。
まあ現実における喪の仕事とはそういうものだ。

ここにおいて、大人が見て見ぬふりをした傷を、最も年若い者(照美)が自分の傷に向き合うことで「他者の傷への向き合い」を促す。
それが創作でありファンタジーであり小説の効果だ。
親子という負の遺産・元凶を断ち切る旅は、創作物でしか成し遂げられまい。

個人的に最も感動したのが、失踪した照美を探してバーンズ屋敷に入った照美の母幸江が鏡を見て、鏡像に自分の母の姿と自分の娘の姿を見出す場面。

 第1世代。バーンズ夫妻。水島先生。
 第2世代。レベッカ。レイチェル。丈次。夏夜。君島妙子。マーチン。マーサ。
 第3世代。幸江。桐原徹夫。
 第4世代。照美。純。綾子。

と整理されるが、母娘二代ではなく三代を網羅しなければ、ここまで重厚な感動は得られなかっただろう。
双子の弟を死なせたという特殊な設定があるが、なぜ死んだのは自分ではないのか、死んだ人に対して生きている自分は何なのか、生きている自分に罪はあるのか、と読み替えていくことで特殊な経験をしていない自分に置き換えることができる。
きっと他者の死に向き合うという生の根源的な問いがあるのだ。

それにしても「双子であることが当然の世界」という設定は、彼女の心をどんなにちくちく痛めつけたことだろうか。
弟と一緒に私がいる、現実の状態ではなく鏡を経ることで、すでに死んだ弟としての私がいる、という状態で、冒険をしなければならない。
こんなアクロバティックな経験をしたあとの少女が、「自分を取り返」さなくて、何が自己実現といえるのだろう。よかったね。

父母が死児を思い涙を流すことで裏庭の世界に水が流れるという終盤は、巧み。
というより、少女ひとりの内面が人類全体の内面と通じているというユング式の世界観は、憎い。

少女は照美の冒険を、大人は照美の母の生活を、さらに年を重ねればすべてを包括して、読める。
きっと毎回違った味わい方ができる、とってもおいしい小説。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 文学 日本 小説 最近 /女性
感想投稿日 : 2017年6月20日
読了日 : 2017年6月20日
本棚登録日 : 2016年12月6日

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