一千一秒物語 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1969年12月29日発売)
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本棚登録 : 2512
感想 : 174
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異国情緒あふれる港町、乾きかけた雨上がりの石畳がガス燈の光を鈍く反射させている。
足穂の文章に触れると、そんな情景が心のなかに浮かんでくる。
この風景がなるほど、「六月の夜の都会の空」なのかもしれない。

表題作の中でも『ポケットの中の月』が特にお気に入り。
 お月様が自分をポケットの中にいれて歩いている。坂道で靴紐を結ぼうとした拍子に、ポケットから自分が転がり落ちてしまう。お月様は自分を追いかけるが、お月様とお月様の間隔はどんどん遠くなって、ついには青い靄の中に自分を見失ってしまう。

奇妙だけれども、この感覚は不思議とわかる。
奇妙なのにわかってしまう。
見たことがないのに、想像もできないのに、どこか懐かしいような、自分も経験したことがあるような、なぜだか親近感が湧いてしまう。そんな短いエピソードがいくつも詰め込まれたジオラマ模型の町みたいな本。

硬質で透明感のある文体。さらさらとした手触りでキラキラしている。鉱石というよりも、もっと俗っぽい。金平糖とか、銀モールのような、子供の頃に触れたことがあるような懐かしい質感をしている。
なんだか心地よいので、トイレに置いて何度も読み返している。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説/ライトノベル/エッセイ
感想投稿日 : 2023年8月29日
読了日 : -
本棚登録日 : 2023年8月28日

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