死んでから三途の川を渡る前に一冊だけ本が買えるなら?というテーマで語られる短篇集。文春文庫から出ているが、ファミ通文庫レーベルで出ている同著者の小説と同じような、独特のリアルを削ぎ落した表現で描かれている。
本とは自分が生きてゆくために読むものだと考えていたので、最期の一冊というのは考えたこともなかった。私だったら、自分の人生経験の中で何だかもやもやした、煮え切らない思いに、「あぁ、これでよかったのだ」と形を与えてくれるものが読みたいなと思う。そういった意味で、第二話は非常に胸に沁みた。ネタになっている小説も、昔読んだ時は陳腐な悲恋譚にしか思えなかったけれど、今読んだらきっと胸に迫るものがあるのだろう。
なお、第五話では熱心なアンチや信者に苦しめられるマンガ家の苦悩が表現されている。作者の代表作『文学少女シリーズ』でも、負けヒロインがあまりにも酷い不幸を背負い込まされていて、キャラに思い入れのある一部のファンの憤りは相当なものだったようだが、作者もそうしたファン(?)に対し似たような思いをしたのだろうか。
描写にあまりリアリティはなくて、キャラクター小説としての色が濃い。例えば第一話の主人公は、世間の関わりは二の次で本を買って読みまくる34歳(童貞)。「いつも書店では、気になる本はすべて手に積んでレジへ運んだ。社会人になって経済的に自立してからは特に、本を買うのに迷うことなどなかった。読みたいものは買えばいい。そして読めばいい。」
読みたい本を片っ端からカゴに入れられる社会人がいてたまるかよ(無職でも無理だ)とも思うのだが、たまにフィクションで描かれるいわゆる書痴と呼ばれるキャラは、実はどこかに存在するのだろうか。羨ましいといえば羨ましい。
これらのキャラクターも、短篇ですぐ幕引きとなってしまい深い掘り下げが無いのがさみしい。今はファミ通で連載もしているそうなので、そちらをあたってみようかな。
- 感想投稿日 : 2021年1月6日
- 読了日 : 2021年1月6日
- 本棚登録日 : 2021年1月6日
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