天久鷹央の推理カルテV: 神秘のセラピスト (新潮文庫nex)

著者 :
  • 新潮社 (2017年3月1日発売)
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天久鷹央の推理カルテシリーズ第五弾。今回も不可解な謎という病が描かれていく。「人混みの中に入ると体が腐る男」「気を使って女性を若返らせる男」「聖痕と赤い涙を流す預言者」これってどうなってるの?!という謎の提示から、鷹央たちのリズミカルなかけ合いで解かれていくストーリーは安定して面白い。

『雑踏の腐敗』
「人混みの中に入ると体が腐る」
上京してきた宮城辰馬が渋谷駅で襲われた症状。指先から青黒く腐っていくが、自宅に戻ると回復するという。幻覚かと思われたが、実験してみると彼の指や耳が本当に青黒く変色していき──。

夢膨らむ上京で陥った、悪夢のような状況。自分が同じ立場になったらと思うと恐怖しかない症状に同情。渋谷という人が多い場所で感じる孤独はより一層つらいだろうなと。誰かが助けてくれるわけでもなし、病院でも原因が特定されないのは心ですら腐ってしまうよね。ラストが小粋なオチになっていて面白かった。春が待ち遠しい(笑)

『永遠に美しく』
気を使って細胞を活性化して若返らせる──母・松子の交際相手が胡散臭い男だと知り、娘・美奈子から正体を暴くように依頼された鷹央たち。いかにも詐欺だと思いきや、確かに母は20歳下に見えるほど若返っていて──。

「体が腐る」の次は、「体が若返る」という事件へ。施術を受けた客が実際に若返っているという不可解さが興味をそそる。若さを失いたくないという願望が商売になるのは現実でもそう。感情だけで盲目的に飛びつくのではなく、理性にて思考する。それこそ年齢とともに重ねていく経験からの美しさではないだろうか。シンプルな事件かと思いきや、もう一捻りしてくれるところはさすが。

『聖者の刻印』
白血病が再発した少女・羽村里奈。しかし、化学療法を繰り返しても完治しなかったことで医療不信になった母・佐智は骨髄移植を拒否。手に聖痕、血の涙を流す預言者の言葉しか信用できず、娘の治療を拒否して心を閉ざしてしまう──。

「悪いが、前にも言ったように私は科学者だから、どんなものでも疑ってかかる。その上で検証を重ね、最後まで残ったものが真実だ」
「さて、お前の奇蹟は残れるかな?」
ここの鷹央がめちゃくちゃカッコいい!これぞ謎解き!という舞台でたまらない。推理劇だけではなく、ドラマとしても見ごたえがあってよかった。

人生で道を見失った時、何かにすがりたい気持ちは痛いほどわかる。しかし、そんな時こそ自分自身の中に信仰を見出さなければならない。与えられた甘い信仰にすがるのは楽なのだ。楽になろうとする手を引いた人間が善意とは限らない。

ぼくの精神科の主治医が「誠実な先生ほど100%大丈夫と言い切らない」と伝えてくれたことを思い出した。「絶対大丈夫」は喉から手が出るほど聞きたい言葉なのはよくわかる。でも、聞きたい言葉を伝えるのは医師の役割ではないのだ。それが当事者にとっては冷たく聞こえても、治したいという思いだけは一緒のはずだから。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2022年4月23日
読了日 : 2022年4月23日
本棚登録日 : 2022年4月23日

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