「しかし、殺人は結果なのだ。物語はそのはるか以前から始まっている」
その殺人が巻き起こる「ゼロ時間」へ向けて、着実に進んでいく綿密な計画。中盤あたりまでは事件も起こらず、不穏な空気がじわじわと満ちていく人間ドラマが積み重ねられていく。そして、老婦人・トレシリアンの死で堰を切ったように溢れ出す人々の感情と事件の謎たち。そこからラストまで勢いに流されるまま夢中で読んでしまった。
張り巡らされた伏線や、登場人物たちのちょっとした行動が「ゼロ時間」に向けて集約していき回収されていくのは素晴らしいの一言。ミステリとしての面白さに加え、キャラクターの心理描写も実に巧みでドラマへもミステリへも絶妙な味付けをしている。みんな怪しく思えてしまって、犯人は全然わからなかったな(笑)
あと、好きな台詞が二つあるので紹介しておきたい。
「ただそこにいるだけでいいのかもしれない─何かをするのではなく─ただある時に、ある場所にいるだけでいいのかも─ああ、うまく言えないのだけれど、あなたはただ─ある日、ある場所を歩いているだけでいい、それだけで何かとても重要な役割をはたすことになるかもしれない─たぶんあなた自身はそれとは気づかずに」
「人にはたいていなんらかの欠点があるものだ。そしてたいていは、どんな欠点かは一目瞭然だ。子供が欲張りだったり、意地が悪かったり、弱い者いじめをする質だったりしたら、それは見ればわかる。しかし、おまえはいい子だった。とてもおとなしくて、やさしくて、なんの問題も起こさなかった。それでときどき心配になったんだよ。目に見えない傷があるものは、力が加わったときに壊れてしまう恐れがあるんだ」
この物語を象徴するような台詞でもあり、それ自体もとても心に残る。人は目に見えるものばかり追ってしまうけど、こうして自分が気づかないものだったり、目に見えない部分にこそ見逃してはいけない何かがあるんだろうね。
- 感想投稿日 : 2020年10月8日
- 読了日 : 2020年10月8日
- 本棚登録日 : 2020年10月8日
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