風の谷のナウシカ 1 (アニメージュコミックスワイド判)

著者 :
  • 徳間書店 (1983年7月20日発売)
4.13
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本棚登録 : 4522
感想 : 487
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赤坂憲雄「ナウシカ考」を読んだあと、再読を誓っていた。やっと紐解いた。この豊穣な神話を、まとめて論じるなんて出来ない。一巻づつゆっくり書く。が、それでも粗筋を紹介する余裕はない。これは既に現代の古典なので、みんな一回は読んでいることを前提にして語らせてください。

私は何故か97年発行(66刷)しか持っていなかった。おそらく、初版から何度も引っ越しをしているので、無くしたかボロボロになって一括買い直したと思う。今回3回か4回目のナウシカ読みである。

ただ、ざっとレビューを読んで誰も言及していないので書くが、付録として、雑誌版の四倍はあるポスターがついていた。広げると、これが特異なもの。ナウシカが、剣や兜が砂に埋もれる戦場にガンを持って立っている。その側に風の谷の爺2人が周りを気にしながら仕えている。題名は「敗走」である。思うに、アニメのポスターとして、1番やってはいけない場面ではあるが、漫画版のポスターとして、作者宮崎駿の「決意」みなぎる付録だろう。何故なら、漫画版はアニメとは違い、主人公の勝利で終わる話と正反対の物語だったからである。

特典としてのもう一つのミニポスターの裏に、「トルメキア古地図」が見開きで付いている。今回気がついたのは、3つ。一つは、全七巻のかなりの構想がこの時点で出来上がっていた(クシャナ軍進路と三皇子軍進路の構成、土鬼(トルク)諸侯国と聖都シュワの位置が既に出来ている)。一つは「古地図」という書き方だ。巨神兵や腐海の設定は、我々から見たら未来譚のような気がするのだが、物語の時間軸からすれば過去譚(歴史書)として作られていることがわかる。一つは、中東を思わせる地形と地中海を思わせる内海、そしてナウシカの故郷・風の谷のなんと小さなことか。たった500人の自治国というのがよくわかるし、この地形ならば確かに迫りくる腐海を前に海風を受けて瘴気から守られているのも理解できる。それが永くは続かないことも。

いかん、内容に入らないと。それにしても、1巻目に(凡ゆる漫画家もそうだが)、登場人物の総出と世界観の提示と、最初のクライマックスを作るのがセオリーである。宮崎駿も例外ではなかった。けれども、その世界があまりにも巨大なために、粗筋を省略しても、半分もここで紹介できそうにない。もどかしい。

最初の世界設定は、表紙扉の裏に描かれる(アニメの冒頭場面)。しかしアニメよりも、若干詳しい。前文明は「大地の富を奪いとり大気を汚し、生命体を意のままに造り変える」「複雑高度化した技術体系」を持った「大産業文明」と規定される。結局、こういう世界は、我々の未来譚なのか、それともパラレルワールドなのか?(ここでネタバレしてしまうが)実はハッキリせずにこの大河物語は終えるのである。また、そういう終わり方にこそ、宮崎駿の問題意識があったと観るべきだろう。当然、ナウシカの使命は、この冒頭規定に対する闘いで展開されるであろう。

漫画では、王蟲とナウシカは会話ができる。しかもアニメとは違い、王蟲はまるで「知的生命体」のように話す。何故か、ということは最終巻で明らかにされるであろう。

宮崎駿は「1巻目のあとがき」で、ナウシカのモデルを明かす。1人は、ギリシャ叙事詩(←今気がついたが、ヘーゲルは叙事詩が描かれる時代を英雄時代と規定した)「オデュッセイア」に登場しオデュッセイウスを助け、終生結婚せず最初の吟遊詩人となるナウシカという運命の王女である。そしてもう1人は、「今昔物語」に登場する「虫愛づる姫」をイメージして生み出された、と宮崎駿は告白した。「虫愛づる」方がわかりやすいので、人口に膾炙されているが、重要なのはギリシャ神話の方だと私は思う。特に、吟遊詩人となるという彼女の運命は、最終巻を読むと納得できるのである。

王蟲を鎮める蟲笛は「ギギギギギギギギ」としか鳴かない。これで鎮めることができるという発想がすごい。三浦しをんさんの小学生の時アニメを観て自作した蟲笛は、工事現場に落ちていた灰色のプラスチックの管に糸を通して振り回し、ヒュンヒュン鳴らすものであったが、漫画版とは似て非なるものだった。まぁ小学生は、これを想像力で補正できるのかな。 

風の谷のユパを歓迎する宴で奏でられるチェロやアコーデオンやタンバリンを模した楽器の独創性!しかも、おそらくこの小さなコマで一回しか使われていないという贅沢!こういう細かな設定が、ファンタジーを生きたものにする。

アニメのナウシカは、あくまでも平和を愛して実現させる聖女であるが、なんと1巻目から漫画版ナウシカは「血にまみれて」いる。ペジテの王女・ラステルの墓を暴いたことに血をたぎらせた彼女は、兵士を一発で殺している。しかも、トルメキア軍進の途中、ペジテの王子・アスベルは急襲して輸送船を破壊する。船から落ちる兵士や子供兵士たちの群れに入ってしまったナウシカのガンシップは、なんと何人もの兵士にぶつかり、黒い血を見せながら当たり殺して(もっとも落ちて死ぬ兵士の方が多かったろうが)いるのである。こんなに残酷な戦争場面は、漫画の歴史の中でも珍しいだろう。

メーヴェ、ガンシップ、バージ、コルベット等々と、小さな船から大きな船まで、飛行機の形が全て独創的。凄いとしか言いようがない。それらの戦闘場面では、現代戦闘機とはまるきり違う戦闘場面を描いている。比較できるとしたら、ちばてつやなどの零戦漫画だろうか。それらの漫画よりもはるかに複雑で高度な「絵」をつくっている。その点だけでも、過去の漫画との比較を是非観てみたい。

1巻目にして腐海の秘密はある程度は語られる。以下、腐海の底でナウシカとアスベルとの会話。
「きっと腐海そのものがこの世界を浄化するために生まれたのよ。太古の文明が汚した土から汚れを身体に取り込んで無害な結晶にしてから死んで砂になってしまうんだわ。この腐海の空洞はそうして出来たと思うの」
「そうだとすると、ぼくらは滅びるしかなさそうだな。蟲さえ住まない死の世界じゃ、きれいになってもしょうがない」
(私たちが汚れそのものだとしたら‥‥)

最後のナウシカの呟き、これはアニメにはない視点である。1巻目にして、ほとんどのテーマは既に出ている。だとしたら、7巻かけて、いったい宮崎駿は何を描こうとしたのか。それに向けて、ナウシカと共に、私も長い旅に出なくてはならない。1巻目のレビューにしては、少し長く書きすぎた。この辺りで、ひと休みする。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: か行 フィクション
感想投稿日 : 2020年6月1日
読了日 : 2020年6月1日
本棚登録日 : 2020年6月1日

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コメント 5件

猫丸(nyancomaru)さんのコメント
2021/04/29

kuma0504さん
巨神兵のイメージって、どの辺りから固まったのでしょうね。

大昔に途中まで読んで放置。今は手元にないので再読はいつになるか不明。

kuma0504さんのコメント
2021/04/29

1巻目の最初の表紙裏に、まるで巨大ロボットのような影が描かれていますが、3巻目で生物のように成長する巨神兵が初めて描かれます。この辺りで、相当固まったと思います。それをエヴァの監督がアニメにしたことで、さらに肉付けされた。

猫丸(nyancomaru)さんのコメント
2021/04/29

kuma0504さん
このタイミングでこの記事

『風の谷のナウシカ』原作コミックスで知った、ジブリ作品「生きる」へのこだわり(老田 勝) | 現代ビジネス | 講談社
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/82268?page=1&imp=0

kuma0504さんのコメント
2021/04/29

猫丸さん、
最近朝日新聞記者が「風の谷のナウシカ」特集を組んで、鈴木さんがナウシカ誕生秘話を語っています。有料記事なので全文読めない。何処か全文載っていないかな。

猫丸(nyancomaru)さんのコメント
2021/04/29

kuma0504さん
ネットのみの連載は、、、無理かな?

2回目のみ読めるみたい。

連載「コロナ下で読み解く 風の谷のナウシカ」記事一覧:朝日新聞デジタル
https://www.asahi.com/sp/rensai/list.html?id=1207&iref=sp_leadlink

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