安野光雅さんの、1977年発表の本書は、2023年には第66刷と、とても長く愛されている、その理由とは何なのか、私なりに考えてみました。
まず私が気になったのは、「もりのえほん」というタイトルで、何故かというと、それは一見、どこにでもあるような、なんてことのないものに思われながら、子どもの頃の私であれば、おそらく「もりのずかん」を見てしまいそうな気がしたからだ。
確かに図鑑ならば、世界中に存在する、その瞬間瞬間の生の脈動を切り取った、美しい現実の一コマを眺めることが出来るが、絵本には絵本ならではの良さがあることも確かだと思う。
絵本は現実ではない。が、そこに他にはない長所があると思い、それは絵本作家という一人の人間を通すことによって、読み手が初めて感じ取れる、そこでしか知ることの出来ない感覚や喜びがあるからだと思い、それは写真とはまた違った想像力を刺激されるような、森の中の音や匂い、空気感に加えて、本書の場合、安野さんの遊び心による視覚も、思い切り奔放にさせてくれる。
安野さんの森の絵は、最初と最後の情緒ある遠景の美しさも然ることながら、緑の密集した葉っぱの色鮮やかさの眩しさに、森の爽やかな息吹を感じさせる、接近した描写も素晴らしく、その一葉一葉をこと細かく丁寧に描けば描くほど、森が活き活きとしていく様には、まるで彼自身が想像上の森に命を吹き込んでいるような、そうした真摯な思いや拘りに共感し、ただ繰り返し眺めているだけでも、心が洗われるようで癒される。
また、そうした癒しは、彼のアナログな魅力なのだと感じながらも、その絵の中には、デジタルなものも感じさせるのが、彼の絵だとはっきり分かる独自性なのだと思い、それは、絵を構成する一つ一つのものを細かく見ていくとアナログなのだが、一枚絵として完成された全体を見ると、どこかデジタルっぽい、そこには、まるで最初から計算された感がありながらも、実はラフな感覚や気品の良さも兼ね備えた、彼の人間性が溶け込んでいるからこその、素敵な融合なのだろうとも思われたのであった。
そして、上記した彼の遊び心として、更にこの絵本を面白く、かつ、素晴らしいものにしているのが、森の絵の中に巧妙に隠された動物探しであるが、これが意外と難しい上に探し物も動物に限らず、どくろや魔法使いに、なぜか九州地図まで含ませているのが、彼らしい。
一応、解答は最後のページにある。だが、そこには何が隠されているかが書いてあるだけで、それが絵のどこにあるのかまでは書いていないため、結局は、全て見付けないと納得出来ないようなモヤモヤ感が残り、それが私の場合、妙に気になってしまったので、頑張って全部見付けたが、森の中に動物が潜んでいる絵には、改めて、森も動物もみんな同じ星から生まれてきたことを実感させられながらも、夢中で探している時には、答えでは無さそうだけれど、そう見えてくる、森の幽玄さとも呼応したような妖しい雰囲気まで醸し出すのだから、その奥の深さたるや、実は計り知れないものがあるのかもしれない。
しかし、この絵本の最大の素晴らしさは、なんといっても、親子一緒に間違いなく楽しめるだろうということで、しかも文字無しだから、読み聞かせが苦手な親御さんでも、気軽にお子さんとコミュニケーションを取ることが出来ますし、絵本としてのまとまりも、森の入口の扉絵と森の出口の最後の絵が鏡合わせになっていたりと、そんなセンスの良さも、安野さんならではの素敵なところです。
- 感想投稿日 : 2024年3月18日
- 読了日 : 2024年3月18日
- 本棚登録日 : 2024年3月18日
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