ビロードは「ポルトガル語」で、英語なら「ベルベット」、スペイン語やフランス語になると「ベロア」といった、寒い時期によく見られる、どこか大人びた光沢のある服の生地でもお馴染みの、「ビロードのうさぎ」のおもちゃの、『ほんもの』に憧れる姿を通して映し出される、「ぼうや」と、いつまでも一緒に生きていきたい、ただそれだけの思いの純粋さには、最早おもちゃの概念を超えており、人間にも共通した、「幸せとは何か?」を実感させてくれます。
また、子どもにとっても、かけがえのない幸せとなり得るものとして、おもちゃがあると思いまして、大人から見たら、何故、あんなに同じ物だけをずっと好きでいられるのか、不思議に思われるかもしれませんが、きっと、子どもの心の目や想像力で見た世界では、生き生きとした姿で語りかけてくれて、子どももそれに応えてあげたくなるのでしょう。
そして、それは本書の扉絵の、ぼうやとうさぎが、愛おしそうに抱き合っている姿からも覗えまして、しかも、この構図は、ぼうやを後ろ向きにして、うさぎの表情だけを見えるようにしているところが素晴らしく、うさぎのそれは、おもちゃながら、とても嬉しそうに感じられることから、きっとぼうやも同じような顔をしているのだろうなと想像させる、粋な演出は、さすが「酒井駒子」さんだと思います。
また、酒井さんの絵は、ベタッとした色の塗り方でぼやかした感じが、物語の幻想性を表している中、ぼうやとうさぎの存在だけは、現実めいた根拠を感じさせられて、それはうさぎを見つめるぼうやの、おもちゃに対するものではないような、愛に溢れた眼差しが、ファンタジーではなく、真実を物語っているように思われたからです。
それは、うさぎと一緒に寝るときも、春の日にふたりで庭に出て遊ぶときも、お手伝いのナナに「どこがいいんだろ、こんなきたない おもちゃの」と言われて、「この子は おもちゃじゃないの、ほんとうの うさぎなの」と、胸にうさぎを抱き締めるときも、うさぎに絵本を読んであげるときも、全て、その眼差しに宿る思いの愛しさからは、本能的に幸せを感じている子どもの無邪気さも覗えるようで、読んでいる私も、うさぎの気持ちになって、その幸せを噛みしめてみると、そこには言葉なんていらない、二人だけの永遠の世界が広がっているようで、思わず胸がいっぱいになりました。
そして、そんなぼうやの気持ちに応えるように、ぼうやが病気になったときの、うさぎのぼうやに寄り添う絵は、どんなにうさぎが汚れてボロボロになっていようが、とても感動的に映り、そこには、子どもとおもちゃの光景では無く、親子とも、友人とも、夫婦とも違った、二人だけにしか分かり合えない、それは最早、物理的関係を既に逸脱しており、精神的関係で繫がった、見えない絆でお互いを支え合っているようにも感じられて、いったい、この崇高さはどこから来るのだろうと思わせるものがありました。
私が思うに、きっとそれは、ビロードうさぎの中にも、人間のように思い出を忘れない心があって、これまでのぼうやとの楽しくも、うさぎだけに捧げられた、純粋で一点ものの愛情を感じられた事に、自分の存在を認められた嬉しさと、生きることの喜びを見出すとともに、ぼうやの為に何かをしてあげたい、その感情の気高さなのだと。
このような思いを巡らせていると、抄訳もされている酒井さんの、文章によって伝えたい事も見えてきまして、それは、うさぎに対する視線の優しさではないかと思いました。
ただ、その優しさは、ぼうやとの幸せな日々だけではなく、本物のうさぎと対面した後の、夕焼け空も切ない絵の中で孤独に佇む、うさぎの台詞や、おわりがくる直前の、子どものようなうさぎのいじらしい描写にも感じさせられ、おそらく酒井さんも、うさぎのことを、おもちゃのそれとは決して捉えていない、そう思わせる気持ちの高鳴りを、文章の端々から感じさせられて、より染みるものがありました。
それから、最後の終わり方には、感情を持った無機物が別のものへと昇華するところに、何か伝えたい事があるのだと感じ、そこには物語中の文章、
『子どもべやには ときどき まほうが おこる ものなのだ』
が印象に残りますが、私は子どもべやというより、子ども自身なのではないかと思い、子どもの、大人のそれとはおそらく異なるであろう、ひとつの物に対する、純粋でひたむきな、好きという本能からの気持ちには、私が想像する以上に素晴らしいものが詰まっていて、その気持ちならば、こうした奇跡的な事が起こっても、決して不思議ではないのかもしれないし、それは、子どもがボロボロになるまで、変わらぬ愛情を注ぎ続けたことへの、素敵な贈り物なのかもしれないし、うさぎの視点に立てば、夢見るような楽しかった子どもの時代は終わり、現実と向き合う大人へと成長を遂げた事への、大いなる希望と一抹の哀愁とも思わせる、子どもが読んでも、大人が読んでも、きっと心動かされるものがある、不朽の名作だと思いました。
- 感想投稿日 : 2023年4月26日
- 読了日 : 2023年4月26日
- 本棚登録日 : 2023年4月26日
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