アドルフ・ヒトラ-の青春: 親友クビツェクの回想と証言

  • 三交社 (2005年7月1日発売)
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感想 : 4
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出色の書である。
ありふれた「普通の人間」でありながら明らかに「普通じゃない」ヒトラーの姿を、ここまで捉え得た記録が他にあっただろうか。よく知られた怪物的独裁者と無垢なる赤子の写し絵を繋ぐ、貴重な証言がここにある。

実のところ本書で印象的なのは、「二人の男の取るに足りないほう」たる著者クビツェクだ。ヒトラーのほうは、確かにエキセントリックではあるのだが、それはそれとしてごくありふれた「厨二病」患者にすぎない。その男に延々と、変わらぬ誠実さで付き合い続けた著者の奇特さこそ、めったな人間にはない美点なのではないかとさえ思えた。
ヒトラーに何度も面罵されたという著者は、確かに目から鼻へ抜けるといったタイプではなかったようだ。しかし、ちょっとばかり目から鼻へ抜ける(ヒトラーのような)人間など掃いて捨てるほどいるわけで、この友情からより多くのものを得たのは、明らかにヒトラーのほうだろう。ヒトラーもそれがわかっていたから、三十年後も変わらず慎み深かった友人に、最大級の恩顧をもって報いたのではないか。
自分は「ただの聞き役」にすぎず、ヒトラーは「はじめからすでにして彼だった」と著者はくり返し言う。そのとおり、ヒトラーは著者と出会ったから独裁者になったのではないし、著者のほうもヒトラーの「最初で最後の友人」でありながら、政治家にも、反ユダヤ主義者にも、かなり後年までナチ党員にすらならなかった。数千万人を熱狂させた男に、著者はいささかも影響されることがなかった。何も生まず何も変えなかった若き日の短い交友は、なればこそ当事者二人にとって、その後の怒濤の運命にも何ひとつ損なわれるところのない、ただ無垢なる「思い出」として残ったのだろう。

2016/1/10〜1/11読了

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 歴史
感想投稿日 : 2016年1月11日
読了日 : 2016年1月11日
本棚登録日 : 2016年1月11日

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