魔王

著者 :
  • 講談社 (2005年10月20日発売)
3.40
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本棚登録 : 5689
感想 : 906
5

個人的にはとても面白い本。ただし、政治的な要素や社会人チックな描写があり、読み手を選ぶと思います。少なくとも中学3年生の息子は"ちんぷんかんぷん"だったらしく"内容が難しい"と言い、数ページで読むことを辞めてしまいました。

この物語は、カリスマ政治家「犬養」により心を掌握された市民たちを見て、それは本当に正しいか疑問に思い、たった一人で戦う「安藤」目線で話が進みます。

現実世界でも、政治家といえば利権主義や事勿れ主義で本当に国や社会を良くしようなどと思っている人は少ないでしょうし、また市民も周囲に同調し流されるような人は多いでしょう。そんな世間に一石を投じる、ある種の社会風刺のようなストーリーです。このストーリーが2005年に出版されているということにまず驚きます。

話を物語に戻すと、安藤は犬養と戦う決断をするのですが、面白いことに犬養自身には特に"悪い点"や"悪役要素"がありません。犬養と戦うと決めた安藤ですが、実際は安藤自身も一体何と戦っているのか、本質を理解できていません。安藤は死ぬ直前にやっと、戦う相手は"何も考えない人達"であろうことに気づきます。そこにたどり着くまでの安藤の葛藤や考えが「私自身」、つまり読者自身に問いかけられているように表現されており、ついつい考えさせられ、読み進めてしまう本でした。

結果的に安藤は何もできずに死んでしまいますが、第二章として安藤の弟「潤也」が主人公になり物語が進みます。主人公は純也ですが、話はその彼女である「詩織」目線で展開されるところがまた面白いです。
きっと、第二章が始まってすぐ、詩織目線の文章に驚くでしょう。人物視点をここまで書き分けられる伊坂幸太郎の表現力、技術力には読んでいて圧倒されます。

ここはおそらく、安藤と対照的な詩織目線で話を描くことで物語に深みを出しているように思いますが、目線が違うことで新鮮味も生まれるため、読んでいて飽きません。
ボリュームはありますが、読み始めるとスラスラと一気に読み進めてしまう一冊でしょう。


予備知識として、この魔王は少年サンデーで漫画としても描かれています。漫画版は伊坂幸太郎の他作品も織り交ぜられた話になっており、内容や設定も少年漫画向けに変わっています。
私は子供の頃にこの漫画版魔王を読んでおり、私の生き方を変えてくれた本です。私はおそらく、安藤になりました。それほど、良書だと思います。
大人になった今、たまたま図書館で小説版を見つけたので読んでみたのが今回の感想ですが、小説版の方がずっと面白いと思いました。
漫画版を見ていたからイメージが湧きやすかったとこもあるでしょうが、やはり伊坂幸太郎を味わうには小説を読むほうがいいでしょう。
まあ、うちの子供は漫画版の魔王も読まなかったので、メルカリに出品してしまいましたが、小説版は買って家に1冊残して置こうと思います。

最後に、この本では若者に一目置かれる手っ取り早い方法を「より新しくて、より信頼ができる情報を、よりたくさん手に入れること」とあります。現代ではインターネットで簡単に情報が手に入れられるようになっただけに、医学的根拠といったようなワードを売っている方も多いですが、それをそのまま鵜呑みにして自分で調べない、考えない人達には小説内と同じく、少し怖さを感じることがあります。これは子供の頃に魔王を読んでいた影響なのかも知れませんが。
そういった、リテラシーのない人への警鐘ともとれる本なので、個人的には多くの人に読んでもらいたい一冊だと思っています。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2021年9月5日
読了日 : 2021年9月4日
本棚登録日 : 2021年9月4日

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