丁庄の夢: 中国エイズ村奇談

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  • 河出書房新社 (2007年1月1日発売)
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売血熱に続いてエイズが村にとりつき、「木の葉が枯れて落ちるように、灯が消えるように」人々は次々と死んでいった。死んだ少年が語る、死と崩壊と絶望の物語である。
1990年代初頭、改革開放を推進する中国政府は、貧しい農民たちに、売血による現金収入を奨励した。不適切な衛生管理や、採血後に不要な成分を再び体内に戻すやり方が、肝炎やHIV/エイズの爆発的感染を引き起こし、家族やコミュニティがまるごと崩壊した例も多かったという。しかし中国政府は問題を否定し、実態を告発した医師や活動家を弾圧。実際に「エイズ村」と呼ばれる地域を歩き、人々の話を聞いて書きあげられたこの小説も、発禁処分をうけたという。
しかしこれは告発の文学ではない。売血運動を推し進めたのは政府だが、人々の生活を破壊したのは、村人たち自身の欲望や愚かさでもあった。主人公の老人は、人々の欲望や不安を操作して富を築く息子に激しい怒りを覚えつつ、患者たちを学校に迎え入れて秩序を回復し、見捨てられた者たちのユートピアを築こうとするが、その努力も、患者たちの間の小さな物欲や権力欲のために崩壊してしまう。
老人が拠って生きてきた伝統的な倫理と秩序は、もはやエイズ後の世界を生きる人々にとっての指針にはなりえない。物質的欲望が刻まれた墓や、伝統にもとづく死後の婚姻が、病者をさらに搾取する手段となっているように、村人たちは近代的な市場の論理にも乗れず、伝統的な共同体の価値観にも戻れずに翻弄されるばかりであり、老人は自らの無力をかみしめながら村の崩壊を見守るしかない。人々の欲望を解き放ち、伝統的価値と共同体を破壊したのは、結局は彼の息子にほかならず、彼自身であったかもしれないのだ。だから死をもって息子に罪を償わせる彼の行為は、そのまま自身に対する罰でもある。
老人の感じる無力感と絶望は、作家自身のものだったろう。閻連科はあとがきに、作品執筆の体験を「創作の崩壊」と記している。悲惨な現実を何ひとつ変えられない無力感と絶望にとらえられながらも、作家は、老人と同じように幻の世界を夢に見続け、語り手の少年の霊と同じように、語ることをやめないのである。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 外国文学
感想投稿日 : 2011年5月6日
読了日 : 2011年5月5日
本棚登録日 : 2011年5月5日

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