曾根崎心中

  • リトル・モア (2011年12月22日発売)
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近松の心中芝居など、今の日本で誰が共感をもって読むだろうか。遊女と、金をだましとられた手代が心中に走る気持ちなど、ついた離れたがあたりまえの私たちに理解できようはずがない。ところが、角田光代の手にかかれば、できてしまうのだ。いや、共感も理解も必要ない、ただ、この生が初めてにして最後に放つ輝きを見よ、といわんばかりの迫力でもって、お初の言葉が差し出される。

その日から、すべてがちがって見えた。太陽も、空も、新地の町も、着物も、川も、橋も、おはじきも、鞠も、雨も、自分の顔も。目に映るものすべて、何ひとつ、よぶんなものがなかった。
これが恋か。初は思った。これが、恋か。ほほえみながら、泣きながら、高笑いしながら、物思いにふけりながら、不安に顔をゆがめながら、嫉妬に胸を焦がしながら、記憶に指先まで浸りながら、幾度も幾度も、思った。これが、これが、これが、恋。

この気持ちを自分はたしかに知っていると言える者は少ないだろう。私などその片鱗すら感じたことはない。それでも、そうに違いない、人生を一瞬にして意味あるものにさせる出会いというものがありうるのだろうと納得させるだけの有無をいわせぬ力が、この文章にはある。
わずか170ページ、ほぼ芝居通りの筋立てで、これほど鮮烈な世界を描いてみせるとは。小説の力を再確認させてくれる経験であった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本の小説
感想投稿日 : 2013年5月12日
読了日 : 2013年5月9日
本棚登録日 : 2013年5月12日

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