職業としての小説家 (Switch library)

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  • スイッチパブリッシング (2015年9月10日発売)
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又吉騒動を予見したかのような小説家寛容論、とくにいらない芥川賞論や、最近パクリ騒動を予見したかのようなオリジナリティ観、学校教育というものへのつまらなさくだらなさや不信感またその逃げ場のサードプレイスとしての書物観、などなど数年前から書き溜められていたという講演風エッセイというわりには、様々にアクチュアルな今の日本の事象に絡みついてくる柔らかい言葉で綴られた「自伝」でありながら、深いところでの信仰告白があり、村上氏は基本なんというか「期待しない」が「信じる」というスタンスが基部にあり、無論謙遜含みつつであるが村上氏自身の作家能力に対してもその姿勢だし、また創作行為および文学ジャンル全般へ「期待しないが信じる」という姿勢を強く貫かれている。

逆に「期待ばかりしているが信じていない」という態度は我を含めて様々な領域で観る事例であるけども、何事にも不毛な結果しか招いていないし、またそういう態度をあからさまに出す人は、我を振り返って思うけど、自分自身へも様々な事象へも、妙に「期待ばかりして」妙に「信じていない」。

その「信じる」って何かっていうと別にスピリチュアルとかそういものでなく、変なレトリック使うと、こう「あけっぴろげの何かを預けてしまう」というか「もうこっちの思惑はどうでもよいから、そっちにすべて預けます」という、一番大事なものを頑強だけがとりえな金庫の中に抱え込まずに、そっちの本来の様々に自生する力に託すという姿勢であり、なんかこの姿勢が、氏の様々な問題の解決能力の基部になる重要なタフな楽天性なような気がします。

最悪の事態はあれど事態は必ずにそれ自らのうちで解決に至れるのだという確信を持たれている。

なので、波間に浮き沈む藻屑状況に目先だけで一喜一憂もしなければ期待もしない。ただ、底の深く重い流れの潮は信じ、その流れにおらっと身を放つ姿勢の、妙な開き直ったサッパリとした覚悟があり、それが潔くよく気持ちよく、また非常に公正にみえ、であるからこそ、読んでいるこちらまで不思議と快活に「しょうがないじゃないか」と開き直った気分になれるような、妙に自己啓発的な本でもありました。

もっとも、自らを「ごく普通の人間」と自覚される「村上春樹」という世界文学作家の修行僧にも似たストイズムは一切普通ではないユニークな位置に到達しており、第二の「村上春樹」という作家は今後あり得ないだろうなと思いますが、実作者が語る世界文学上の様々な作家のエピソードを裏付けするような「とにかく若いうちに多くの本を手に取った方がいい」というメッセージを発してくれてよかったなと思います。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 自伝
感想投稿日 : 2015年9月15日
読了日 : 2015年9月14日
本棚登録日 : 2015年9月14日

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