この世にたやすい仕事はない

著者 :
  • 日経BPマーケティング(日本経済新聞出版 (2015年10月1日発売)
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本棚登録 : 1997
感想 : 296
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津村記久子さんのお仕事小説は好きで何冊か読んでいるのだけど、この小説は正真正銘のお仕事小説だった。そしてとても面白かった。

主人公は明言はされていないけれど恐らく30代半ばの女性。大学卒業後からずっと続けてきた仕事を離れ(その仕事についても最初は触れられていないが、最後に分かる)、疲れ切っていた彼女が「一日コラーゲンの抽出を見守るような仕事はないですかね?」とハローワークの担当になった正門さんに相談して、紹介された仕事に次々に就いていくかたちの短篇集。
「みはりのしごと」「バスのアナウンスの仕事」「おかきの袋のしごと」「路地を訪ねるしごと」「大きな森の小屋での簡単なしごと」の5篇。
タイトルだけで少しは想像がつきそうな仕事もあるけれど、全く想像がつかない仕事もあり、実際読んでみるとどの仕事も一癖ある。
だけど、意地悪をしたりする嫌な人間は出てこないから、その仕事のあれこれだけを純粋に楽しみながら読めてとても良かった。

色んな理由から主人公は最後に仕事を辞めて次の仕事へ移っていくのだけど、どの仕事にもなんだかんだで適応していく有能さを持っていて、元々長年していた仕事を辞めた理由が最後に分かった時に、真面目に取り組みすぎる主人公にとって色んな職を短期間で転々としたこの時間はとても意味があったのだなと思った。

「路地を訪ねるしごと」はとくに一癖あって、ハローワークに求人が出ていたものの普通の仕事とは言い難い。
住宅街を訪ね廻って交通安全だとか街の緑化だとかのポスターを貼ってくれるお家を探す仕事なのだけど、とくに貼る必要はなさそうなこれらのポスターを普及させようとした雇い主の男性の想いと意図が意外だった上にとても深くて驚かされる。

世の中には本当にたくさんの仕事があって、自分には到底できないだろうと考えつく仕事もあるし、普段意識していない部分で支えてくれるような仕事もきっとたくさんある。
今操作しているスマホや、目の前にあるこの小説、座っている椅子、この記事を載せているブログ、すべて誰かの仕事によって成り立っていると考えるととても感慨深く、ありがとう、という気持ちになる。
見るからに大変そうな仕事、一見わりと楽そうに見える仕事、力仕事、頭を使う仕事、技術を要する仕事…色々とあるけれど、それぞれに種類の違う大変さや苦労があって、まさに「この世にたやすい仕事はない」のだと思った。
そして何より読み物としてとても面白かった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2021年6月2日
読了日 : 2021年6月2日
本棚登録日 : 2021年6月2日

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