モダンタイムス(下) (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社 (2011年10月14日発売)
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実家に忘れてきました、何を?勇気を。

このような書き出しで始まる、主人公はいきなりの大ピンチ!帰宅したところ見知らぬ男に殴り倒され、イスに縛り付けられ拷問を受けようとしている。しかもその状況を画策したのは彼の美しい若妻なのである。

春が二階から落ちてきた。

過去に読んだ「重力ピエロ」の書き出しである、春と泉、二人の兄弟の追想シーンから始まる。

なんと書き出しにこだわる作家なのだろうと改めて思った、文豪川端康成氏の代表作「雪国」の有名な書き出し「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」これがまとまるまで数十回の書き直しがあったというが、伊坂氏はどうなのだろ?印象的過ぎるきらいがあり、そのままでは状況もわかりずらいだろう、にもかかわらず冒頭から読者をその世界に引きずり込むに、容易いのである。

「ゴールデンスランバー」と執筆時期が被っていたようである、作品の根底にある警鐘というか恐れるべきものは、なるほど似てるように思える。今作において自分なりに一言で作品を述べるなら「真実とは?」である。真実とは実際に起こったことでなく、大多数の人が真じる事象が真実になり得る。これは恐ろしいことであり、10~20年先の、ネットがさらに社会に食い込んだ作品世界では現実味も甚だしい。

主人公は巻き込まれる、こうあろうとする世界が邪魔者を排除する為のシステムから追われ、逃げて、反撃しようとする。恐ろしいのはシステムなるものの正体が「ない」ということなのだ。その中にあっても、人間が、組織、システムに組み込まれ個性を失う恐怖を、作者は払拭してくれる。タイトルにもあるとおり喜劇王チャップリンの作品を引き合いにして…

「人生に必要なものは勇気とユーモアと、ちょっとのお金」

伊坂氏のチャップリンに対する思いに共通の思いを感じて嬉しくなる。その他にも「独裁者」「ライムライト」「殺人凶時代」などへの言及があった。

スピードも、状況の変化反転も慌しいが一気に読ませてくれる、会話も伊坂調は健在でユーモアもいい、結末はややモヤっとしたものが残るがキッチリ型をつけ過ぎても作品の世界観を壊すことになってしまうのだろう。

かくて最後は書き出しとの対比となるセリフが印象的である。

「勇気は妻が持っています、僕が失くしたりしないように」

主人公の妻は得体の知れぬ恐ろしさがあったのに、いつのまにかかわいらしく愛妻に収まっていた。読者の感情も同じなんだろう、これが一番の伊坂マジックに思えた。

読書状況:未設定 公開設定:公開
カテゴリ: 伊坂幸太郎
感想投稿日 : 2013年6月20日
本棚登録日 : 2013年5月15日

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