贖罪〈上〉 (新潮文庫)

  • 新潮社 (2008年2月28日発売)
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以下引用。

ブライオニー自身にブライオニーが大切であるのと同じくらい、セシーリアにもセシーリアは大切なのだろうか? セシーリアであるというのは、ブライオニーであるのと同じくらいに鮮烈な体験なのだろうか? 姉もまた、意識と動作が形作る、砕ける寸前の波のような境界線のうしろに本当の自分を隠し持ってり、顔の前に指を立ててそのことを考え込んだりしているのだろうか。人はみなそうなのだろうか、たとえば父親は、ベティは、ハードマンは? 答えがイエスであるならば、この世界、人間たちの織りなす社会は、二十億の声を抱えて耐えがたいほどに込み入っているのであり、すべての人間の思考は同じ重要さで主張しあい、人間ひとりひとりの生への要求は同等に強烈で、人はすべて自分が特別な存在だと思っているが、じつは特別な人間などいないわけだ。(p.65)

ブライオニーが感じていたのは、自由を目の前にした人間の興奮、善と悪やヒーローと悪役の面倒なもつれあいから解放された人間の興奮だった。三人の誰も悪人ではなく、かといってとりたてて善人でもない。決まりをつける必要などないのだ。教訓の必要などないのだ。ただひたすら、自分の精神と同じく生き生きとした個々の人間精神が、他人の精神もやはり生きているという命題と取り組みあうさまを示せばいいのだ。人間を不幸にするのは邪悪さや陰謀だけではなく、錯誤や誤解が不幸を生む場合もあり、そして何よりも、他人も自分と同じくリアルであるという単純な事実を理解しそこねるからこそ人間の不幸は生まれるのだ。人々の個々の精神に分け入り、それらが同等の価値を持っていることを示せるのは物語だけなのだ。物語が持つべき教訓はその点に尽きるのだ。(p.72~73)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ:   イギリス文学
感想投稿日 : 2013年11月10日
読了日 : 2012年1月30日
本棚登録日 : 2010年12月7日

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