戦闘妖精・雪風〈改〉 (ハヤカワ文庫 JA カ 3-27)

著者 :
  • 早川書房 (2002年4月15日発売)
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ある日突然南極大陸に出現した超空間ゲートから、謎の異星体〈ジャム〉が地球への攻撃を開始した。その由来も目的も、姿すらも判明していない〈ジャム〉の攻撃に対抗するため、人類は超空間ゲートの向こう側へと突き進み、ゲートの出入り口に存在する謎の惑星〈フェアリィ〉に前線基地を建設し、フェアリィ空軍FAFが最前線の防衛の要となっている。
FAFが誇る最強の戦闘機〈スーパーシルフ〉を擁する特殊戦第五飛行戦隊、通称「ブーメラン戦隊」。彼らの任務は、一切が謎に包まれた〈ジャム〉との戦闘を有利に導くために実戦に関するあらゆる情報を収集し、基地に持ち帰ること。そのため、たとえ目の前で友軍機が〈ジャム〉に撃墜されようとも、援護も救助もせず見殺しにして基地へと帰還する非情さが要求される。そんなブーメラン戦隊の三番機、パーソナルネーム「雪風」に搭乗する深井零少尉は、親友のブッカー少佐以外には誰にも心を開かず、ただ愛機・雪風にのみ心を寄せる機械のような心の持ち主だったが、雪風とともにフェアリィの空を舞い続けるうちに、様々な人々と出会い、少しずつ変貌していくことになる。そして、〈ジャム〉と人間との闘いもまた、思いがけない変貌を見せていくことに・・・。

この厨二病全開なタイトルにドン引きしてこれまで手を出さずにいましたが、評価の高い作品なので思い切って読んでみたらあらびっくり。タイトルからは想像もつかない、実にハードでワン・アンド・オンリーな認識論SFの傑作です。

この作品最大の特徴は、主な舞台となる惑星フェアリィの設定。〈ジャム〉が侵攻してきた超空間ゲートの先に地続きで存在する惑星で、地球との距離や位置関係等、基本的な情報は何一つ判明していない一方で、地球人類が生存するに何ら問題ない大気組成、地球によく似た植生とランドスケープを有しており、それを前提にFAFの大規模な前線基地が建設・維持管理されています。これ、実はある程度SFを読み慣れている人ならたぶん誰もが違和感を覚えてしまいそうな設定で、「超空間ゲートの先が宇宙空間じゃなくて惑星の地表に当たる確率って、すごく低いんじゃないの?」とか「いくら地球人類の生存に問題ない環境だからといって、いきなり基地を建設したりする?」とか、突っ込みどころ満載なわけです。
しかし、この突っ込みどころ満載な舞台設定が、この作品を純度の高いSFたらしめています。軍を維持管理するために必要最小限の人数が適材適所で配置され、自己完結した小さな社会の中で日々同じような任務を繰り返し続ける、言い換えれば、もっと生々しくて変化に満ちたごく普通の人間の世界から「社会的に隔離」されたフェアリィという舞台において、この作品のテーマである「人間とは何か?/人間であらざるものとは何か?」という根源的な命題が一切の社会的ノイズを排してくっきりと輪郭を現してくるからです。

そもそも生物であるかすらも判っていない異星体〈ジャム〉。何のために地球侵攻を狙うのかわからないまま、人類は〈ジャム〉を敵と見なして戦い続けています。しかし、〈ジャム〉は人類に対して戦いを挑んでいる、と言えるのか?〈ジャム〉は人類など認識していないのではないか?なぜならば、〈ジャム〉が戦う相手は常に戦闘機であり、機械であって、そこに人間の息づかいは存在していないから。
その戦いの最前線に立つのは、自律戦闘が可能なスーパー戦闘機と、同じ仲間であるはずの人間よりも機械を偏愛し、同僚の死にも「俺には関係ない」と言い放つ非人間的なブーメラン戦士達。他の人間達からは「機械のようだ」と忌み嫌われる彼らも、〈ジャム〉との戦いの中で「この戦いに人間は必要なのか?」と思い悩み始めます。そんな中、〈ジャム〉が取り始めた新たな戦略に、戦いは新たな局面を迎えます。そして、深井少尉と雪風の関係性も。

機械のような人間とは?人間のような機械とは?そもそも人間とは?何のために人間は存在するのか?

この”新たな局面”を示唆して、「戦闘妖精・雪風〈改〉」は幕を閉じます。この終わり方の、背筋がぞっとする怖さ!ここでこの物語が終わっていたら、歴史に残るホラーSFになっていたかもしれませんヽ( ´ー`)ノが、現時点であと2巻、続編が出ています。壮絶な思考実験とも言えるこの作品、先が気になって仕方ないので、あと2巻ももちろん読みます!どんどん難しくなるらしいけど!(汗)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: SF(日本・長編)
感想投稿日 : 2014年8月10日
読了日 : 2014年7月9日
本棚登録日 : 2014年2月23日

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