i(アイ)

著者 :
  • ポプラ社 (2016年11月30日発売)
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アイはシリア生まれだが、アメリカ人の父と日本人の母に養子として貰われた。アメリカではブルックリンに住んでいた富裕層。両親は社交的で誰からも好かれ、アイのことをいつも尊重してくれるいい人。
 けれど、アイはいつも苦しんでいる。シリアでは、貧しさや厳しい社会情勢の中で、亡くなる子供も多い。そんな中、たまたまお金持ちで人格者の両親に選ばれたというだけで、“幸せ”な生活をしている。そのことを“恥ずかしい“申し訳ない”といつも思っている。
 アイはまた、両親とは異なり、前向きで自分の意見をハッキリいうタイプではない。そういうことが求められるアメリカの学校よりも日本の学校のほうがいごごちが良い。シリア人という理由で目立つ容姿と逆に、アイ自身は内向的である。そんなアイを高校で最初に出会った数学教師の言葉が傷つける。
「この世界にi(アイ=虚数)は存在しません。」以後、その言葉がずっとアイの心の中に居座る。
 世界の恵まれない地域で大きな災害や人災によって沢山の人が亡くなる度に、本当はその中にいたかもしれないのにたまたま“幸せな”環境にいる自分を「免れている」と感じてしまう。自分はいったい何なんだ?「この世界にアイは存在しません」。
 無力なアイは世界の大きな天災や人災で亡くなった人の数をノートに書きつけるようになる。たまたま自分のかわりに不幸で亡くなってしまった人の数。 
 そんなアイに「この世界にアイは存在する」と強く認識させてくれた二人の人物がいる。
 一人は親友のミナ。ミナはレズビアン。中学生のころに自分の性的志向に目覚め、“人とは違う”自分を強く認識していたミナにとってアイは唯一(友達として)自分を理解してくれる大切な親友。小さい頃から本当の孤独を知っていたアイにとってもミナは唯一無二の親友。「アイを存在させてくれた」親友だった。
 もう一人は、東日本大震災のあと、アメリカに帰った両親の反対を押し切って残っていた日本で出会った42歳のカメラマン、ユウだった。ユウは本当に本当に心からアイの魅力を分かってくれる男性。ユウの愛情がアイをこの世界に存在させてくれた。「ユウの子供が欲しい」。血縁的な自分のルーツが分からないアイにはその気持ちは人一倍強かった。そしてユウの子供を宿したと知った時、最高潮の幸せを感じ、「私はこの世界にいていいのだ!」と心から思うことが出来た。

 色んな人がいる。子供が欲しくても出来ない人。子供を育てられないのに出来てしまう人。家族に恵まれているけれど、環境が厳しく生きられない人。環境には恵まれているけれど、“幸せ”と言われることで苦しむ人。
 不幸な災害や戦争で多くの被害者が出るたびに「どうして私は免れたのだろう」と思うこと。自分が不幸な目に会ったとき、「どうして私だったの?」と思うこと。どちらもその当事者でなければ、その本当の辛さなんか分かる訳がない。温かい言葉なんか簡単にかけられるわけがない。その人に代われる訳がない。だけど…だけど…。
 アイが自分でも意味が分からず、“世界の大きな天災、人災で亡くなった人の数をノートに記録する”行為の意味は何だったのか。
 
 “想像する”。その人の気持ちはまるごと分からなくても一生懸命想像する。
 不幸な出来事で亡くなってしまった小さな命たちのことを一生懸命考える
こと。そのことで、その人たちの命そのものは亡くなってしまっても、今生きている人の“想い”の中で生きている。それが愛。愛があれば、世界の“i(アイ)”は存在する。
 苦しんで苦しんで苦しんだアイが最後に掴んだ定理。美しい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2022年3月26日
読了日 : 2022年3月26日
本棚登録日 : 2022年3月26日

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