悲しき熱帯 (1) (中公クラシックス W 3)

  • 中央公論新社 (2001年4月10日発売)
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本棚登録 : 2024
感想 : 102
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第二次大戦下の時代。フランス人である著者がなんとか密航して祖国を脱出する回想から始まっているのだけれど、その船内のすし詰めの状況や不衛生な環境などのしんどくて大変な様子をしっかりとした描写で書いていて、これはほんとうに大変な時代だったなぁとそこで訴えられているものをひしひしと受けとめることになるのですが、この最初の部分から文体は比較的重厚で(読みづらいわけではないのですが)、本書の濃厚さに頭を慣らしていく部分にもなっていると思います。

南米の諸民族を語るまでの導入部がかなり長いのですが、あなどるなかれ、ガツンとくる言い回しや論考に関すれば、スタートからゴールまで一貫してずっと質が高いままです。気になる箇所のうち、「これは!」と思ったところから思いついた考えがあって、それは「若者の自分探しの旅は、自分探しという目的にはほとんど意味がなくて、旅をしたという行為にこそ意味があるようだ。それまでの人生から見て桁外れな体験をすることが、大人になるための通過儀礼のようなものになる。」というものなのですが、北米の若い男性のインディアン(ネイティブ・アメリカン)の例が挙げられていて、そこでは肉体的にほんとうにもうキツすぎるというようなことを成人への通過儀礼としてやらなきゃならない。気がふれるような領域まで自分を追い込んで(あるいは追い込まれて)、そこで精霊を見たり感じたりするまでいってしまいます。で、それがその人のインディアンネームのきっかけになる。これらと比べれば、日本人の自分探しなんてちっぽけなものかもしれませんが、過剰に保護された世界から飛びだして生身の心身でぶつかっていく体験は、やはり成人への通過儀礼的な内容があるのではないかと考えてしまいます。

また、南アジアの途上国(インド)で、靴磨きや客引きや安もの売りや土産物売りや物乞いの子どもや障害者が、旅行者の前に身を投げてくると書かれている。だが、彼らを笑ったり苛立ったりしたくなる人は気をつけるといい、とレヴィ・ストロースは言います。これらの馬鹿げた仕草、人を嫌な気持ちにする遣り方、そこにひとつの苦悩の徴候を見ずにそれらを批判するのは虚しく、嘲るのは罪であろう、と作者は続ける。この洞察に対しては不遜ながら「なかなかやるじゃないか」という感想を持ちました。なぜなら、これは人間を突き放さないことでしかわからないからです。誰でもわかることじゃないんです。そういう心理地点に到達できる人は多くはない気がします。僕自身、在宅介護の修羅場を経験したうえで、なおかつなにかの拍子にひょっこりとそういう視座を持てる地点に出たタイプで、周囲の知人たちを思い返しても「このひとはもしかすると」っていう人が数人いる程度です。ましてや、ヨーロッパの昔の偉い学者にはわからなさそうな感じがしますから。なので、作者の前述の洞察には「やるな!」と思う次第。こういうところは学問とかじゃなくて日々というか生活というかから得られる学びからきますからねぇ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 説明文
感想投稿日 : 2020年12月8日
読了日 : 2020年12月8日
本棚登録日 : 2020年12月8日

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