現象学という思考: 〈自明なもの〉の知へ (筑摩選書 106)

著者 :
  • 筑摩書房 (2014年12月11日発売)
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感想 : 13
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フッサールの『現象学』を基盤として、著者が一般的な言葉を用いて照らし出していく現象学の地平を解説します。そしてその地平の入り口まで道案内をしていただきながら、その地平を冒険していく準備をしたり、実際にちょっと思考の冒険を試みたりできる読書でした。とても良書です。

まず、「確かさ」についての論説から入っていきます。「確か」であることは、ことさら言及されません。いちいち意識せずにいても事足りていることが「確かさ」。つまり自明な物事なのです。自明ゆえに、意識の主題にはのぼってきません。「夕食は鮭を焼いて食べようかな」と考えるようなことは主題的な意識です。そう考えているときに、腕組みをしたり、頭を掻いたりしているといった行動は、「それはなにか」を問おうともされない自明な行動です。別の例をいえば、初めて行く札幌のどこどこまで運転していくとき、ナビをみたり頭の中で考えたりしながら、通る道を選択していきます。それは主題的な意識のほうの物事です。運転中に、信号を確認したり、カーブを曲がったり、といったことは、どちらかというともはや自明の行動で、いちいち強く意識せずにやっています。

大雑把にいうと、現象学はこの「自明なもの」を探求し、明らかにしていく学問です。そして、自明なものを探っていく方法としては、まずどうしたらいいのか、を考えていくと、「本質」「類型」「自我」「変様」「間主観性」といった概念を通っていかざるを得なくなるのです。本書は、そのあたりを扱っています。

読み終えてわかるのは、静止して見えたり、感じられたりする事物が、実はめまぐるしいくらいの動的な事象だった、ということです。というような視座を獲得できる読書でした。

感覚的なところを扱いもしますし、言葉を丁寧に尽くしてこそわかる分野でもありますので、短いレビューで概説するのはちょっと難しいです。興味を持たれた方はぜひ、本書をあたってください。では、以下で、気になったところ、思うところなどを書いていきます。


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つまりわれわれは、「絶対に確かだ」と信じているわけではないことを、とりあえず「確かだろう」と見なして、行為し、生活しているのである。絶対に確かではなくても、われわれは何かを信じることができる。そして、生活していく上では、絶対的な確かさを求めるよりも、ある程度の確かさを信じられることの方が、むしろ重要である。逆に、「絶対的な確かさ」をどこまでも追及していこうとすると、このような日常生活の確かさが崩壊の危機に瀕する。「この食品は絶対に安全なのだろうか。見えない雑菌や農薬で汚染されているのではないか。」このように疑い始めれば、何一つ安心して食べることもできなくなる。(p31)
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序章の部分からの引用でした。「生活していく上では、絶対的な確かさを求めるよりも、ある程度の確かさを信じられることの方が、むしろ重要である。」という部分は大切です。強迫症は、これができなくなります。でもって、家族にもそれを強いる。大変なのはそういうところです。強迫症は、子どもの時分からなる人も多い症候群だと言われているけれども、これ、仕事と生活とのON-OFFがつかなくなってきたみたいな人もなっていきそう。仕事は完璧にやらなきゃ、と頑張ってその論理が生活にも貼りついちゃいます。仕事で評価されたり有名になって崇められたりした人が、家庭ではずいぶん迷惑な人だった、みたいな例にはON-OFFができなくなったっていうものもありそうに思いました。


次に、p69あたりでしたが、サイコロの一の目が見えたとき、その側面の二の目や三の目は見えたりするけれど、六の目は見えなくて、でも「ある面が見えてくれば、別の面が隠れる」ことを自明のものとして僕らはわかっている、というところに肯きました。横に逸れてしまうけれども、これ、同様に、人間の好ましい面を見せることで好ましくない面を隠すことにも通じているように思えました。外面の部分です。また、「ある面が見えてくれば、別の面が隠れる」のだから、戦争国が国民に対してする公式発表や、海外向けの発表に「作為」が込められるだろうことがわかります。そして「政治」と呼ばれる行為ってこういう一面はどうしてもありますよね。


続いて「本質」についての部分を。「本質って何か」と問われたら、モノやコトの中身に実在するもののように考えがちかもしれません。でもたとえば、リンゴと薔薇の場合、両者をつなぐ「赤」という要素が「本質」というものなのです。共通する要素が両者の間の「本質」。現象学では、「本質」とは実在せず、あくまで媒介者だと考えるのでした。

リンゴ、薔薇、フェラーリ、朱肉など、それらは赤を「本質」として結びつく。形の違いなどはコントラストとなります。この結びつきを「連合」の現象と言います。「連合」は時空を飛び越え、現実と想像の垣根も超えて起こる現象です。こういった「本質」の「連合」って人間心理ではよく起こっていますよね。共通点、同一性といったものを、人間はつねに求めています(ファッションなんかでは、差異を求めていたりするけれども、それだってまず同一性を求める心理が前提としてあって、それに抗っているとも考えることができるのではないでしょうか)。そして、古典を読んで孤独が緩和される場合なんかは、時空を超えて著者と読者が、その本質に同一性を見出している。人間は、「同じもの(本質)」に惹きつけられ続けている。それはあまりに自明なもので、意識されていないくらいなのだけど、そういったことを意識化していくのが現象学なのでした。

現象学における「本質」の論考は、たしかプラトンだったけど、「イデア」という概念についてさらっと知識があるととっつきやすいと思います。



次に、「本質」とちょっと似て感じられるかもしれない「類型」について。
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「われわれは現れてきたものを、いつも何らかの類型のもとで見ているのであり、この類型的なものの見方を基本として、それがうまく機能しないときに、はじめて個体的なものの個性的なあり方に眼を向ける。」(p138)
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人間はいかに個別性を見られないのかがわかります。

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「ほとんどの場合、われわれは個体的で比類がないはずの対象を、類型の一事例としてしか見ていないのである。」(p138)
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たとえば医師だって診察するときに症状を類型的に判断します。でも介護の問題や家庭の問題、個人の問題など、類型的に見ることが誤解に繋がるケースもたくさんあるんです。「前提を疑うこと」っていうのは、類型的な視点をずらすことに繋がることでもあるなあと思いました。


最後に「間主観性」についてのところから。「間主観性」は、たとえば自己と他者の身体が同じ場にあるとき、身体同士は響き合う、というもの。誤解を恐れずに言うならば、これはプロトコルがお互いのあいだで成立している状態みたいな感じと表現できるんじゃないでしょうか。で、バックグラウンドで情報のよくわかんないやり取りがあり、それゆえに結びつくようなところもあります。響き合いは、贈与論で言われていることにも通じる概念・現象なんじゃないかとも思いました。贈られたモノって、送り主と受取り主のあいだで響き合っていませんか。また、顔の見える農家さんの作ったかぼちゃを頂くとき、そのかぼちゃって、農家さんとお客さんの間主観性的な象徴みたいな性質があると考えてみたり。


あと、おまけですが、「変様」のところで語られる現在性について。現在ってものは、「それ、今が現在だ!」と言ったとたんに過去に過ぎ去っているものです。今ってものを切り取ってみせることは、厳密にはできません。だけど、今を強烈に感じるときってあるなあと。打者が速球をバットにミートした瞬間なんて、今を瞬間的にとらえた感覚を持ってないでしょうかねえ。くわえて、現象学ではふだん隠れているものとされる自我までが、その瞬間に把持されるんじゃないかと思えるんです。自我は、やっていることが自明的で意識に上っていない時間を送っているときには意識されません。道に迷ったときなど、「え、ちょっとまって」となって自我の出番がやってくるとありました。


『現象学という思考』はかいつまんで説明するのが難しいので、以上のようなかたちで断片的に書いてしまったのだけど、それだと伝わらないんだろうなあという思いがあります。『現象学という思考』自体はとっても丁寧で慎重で親切な言葉の使い方で書かれていますから、そのまま読めばまず飲み込めます。ただ感覚的な話なので簡単に言えないのです。

現象学はいろいろと応用されるとエキサイティングだと思います。前に入門書を読んだ行動分析学も疫学も、現象学が応用された分野ではないかなあ。最近では、Amazonを眺めていると、ケアに関しても現象学が応用されているふうなタイトルの本を目にしたりします。また、間主観性という考え方は、ケアの現場についての本で言われているのを目にしたことがあるのですけれども、「関係性の主体性」という考え方とすごく近いと思います。そういったところをうまく理解する上でも、頭の体操をするみたいに、こういった現象学の本に親しんでおくのもよいのではないかなあと思います。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 説明文
感想投稿日 : 2023年11月22日
読了日 : 2023年11月22日
本棚登録日 : 2023年11月22日

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