神田三島町の袋物屋の三島屋。
主人伊兵衛の姪のおちかは、実家の川崎宿の旅籠丸千から行儀見習いの名目で託されている。
おちかには、三島屋に託されるわけがあった。
「人は、身体を動かしていると物想いを忘れる。だからこそおちかは働きたがったのだし、同時にそれは、厳しく躾けられ使われることによって己を罰したい、罰してほしいという切実な願いでもあったろう」(序 変わり百物語 P6)
少しの偶然から伊兵衛の趣味の囲碁部屋「黒白の間」で、一度に一人ずつ、一話語りの百物語の聞き集めが始まった。
「『神様でも人でもさ、およそ心があるものならば、何がいちばん寂しいだろう』
それは、必要とされないということさ」(第一話 逃げ水 P113)
「人は、心という器に様々な話を隠し持っている。その器から溢れ出てくる言葉に触れることで、おちかはこれまで見たこともないものを、普通に暮らしていたなら、生涯見ることができないであろうものを見せてもらってきた。
そこに惹かれている」(第二話 藪から千本 P151)
「『世間に交じり、良きにつけ悪しきにつけ人の情に触れていなくては、何の学問ぞ、何の知識ぞ。くろすけはそれを教えてくれた。人を恋ながら人のそばでは生きることのできぬあの奇矯な命が、儂の傲慢を諫めてくれたのだよ』
だから加登新左衛門は、子供たちに交じって暮らす晩年を選んだのだ。
人は変わる。いくつになっても変わることができる。おちかは強く、心に思った」(第三話 暗獣 P502)
「『騙(かた)りが易しいのは、己は信じておらんことを、言葉だけをつるつると吐いて、他人に信じさせようとするからじゃ。真実(ほんとう)のことを語るのが難しいのは、己でも信じ難いことを、ただありのままに伝えようとするからでござろうな』」(第四話 吼える仏 P598)
人間にとって、最も難しいことのひとつは、人間関係だろう。
お互いに、そして世間に関わり合うからこそ、悩み、傷つき、苦しむ。
だが、それを癒やすヒントも人との関わりの中にこそある。
百物語は、始まったばかり。
おちかと、彼女の大切な人々が、現実の中で前に少しずつ進んでいく物語。
その姿は、心の奥の大事なものに火を灯してくれる。
- 感想投稿日 : 2021年10月13日
- 読了日 : 2021年10月13日
- 本棚登録日 : 2021年10月13日
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