死に山: 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相

  • 河出書房新社 (2018年8月25日発売)
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面白くて一気に読み終わった。

カルマン渦列による超低周波が本能的な恐怖と混乱を呼び起こした、という説明はなかなかに説得力があって納得できた。

現代音楽のオーケストラに超低周波を紛れ込ませ聴取に聞かせて感想を聞くと、聴取は悲しい気持ち、不安定な気持ち、頭痛、過去のトラウマのフラッシュバックを感じた。
超低周波はイスラエルがデモ隊を解散させるのに使ってる。ナチスドイツはヒトラーの演説を聞く聴取に超低周波を浴びせることで、恐怖や悲しみの気持ちを増大させた。

という記述が面白い。

ヒトラーのエピソードは、「あいちトリエンナーレ」に出展してた、タニア・ブルゲラの作品を思い出す。
「この室内は、地球規模の問題に関する数字を見せられても感情を揺さぶられない人々を、無理やり泣かせるために設計されました。
(作品である部屋の中に充満しているミントの霧によって)涙が誘発されたことによって、私たちの自覚のない感情が明るみに出る場合もあるでしょう。この作品は、人間の知覚を通じて「強制的な共感」を呼び起こし、客観的なデータと現実の感情を結びつけるよう試みているのです。」
ってテーマの作品。

人間の感情、感覚、理性は、我々が思ってるより外的要因に左右されるんだな。


とくに最終章の、事件当時の彼らの行動の推測章は、さまざまな遺体の不審な点を納得いく理由で説明してたのでなるほどと思う。


・事件に至るまでのディアドロフ一行
・ディアドロフ一行を捜索するチーム
・ディアドロフ一行の調査をする筆者

の3つの視点が交互に挟まることによって、リズミカルで、引き込まれる構成になってるのが面白い。(小説、「バーティミアス」シリーズの構成と似てる)

筆者は当時のソ連の様子や、舞台になっている土地の歴史的背景にも触れてるので、その町の様子や、町がまとう雰囲気についてありありと思い浮かべることができた。

落書きだらけのペルヴォウラリスクの街。

ロマノフ朝時代の新古典建築とソビエト時代の四角い機能的な建築の混ざり合うエカテリンブルク。

ソ連時代から変わらない塗料で壁を塗られてる、41区の小学校。

ディアドロフ一行が生きた時代と、我々が生きている時代が繋がり交錯している。だから歴史って面白い。


ディアドロフたちが生きたのが、雪解け後、若者たちが無料で高等教育を受けられ、未来に希望を抱いていた時代、ってのも面白かった。

途中で引き返して生き残ったディアドロフ隊はインタビューで、ソ連時代を「あの頃は良い時代だった。スターリンは良い政治家だった」と懐かしむ。(通訳は訳しながら全力で首を横に振ってた、ってのが面白い)

ディアドロフの妹の話。「兄が望遠鏡を自作してくれたおかげで、私たち兄弟は、家の屋根の上に寝転がって、あのスプートニク号が打ち上げられるのを見た」

ディアドロフの妹も、ディアドロフも前歯の間にすこし間がある隙歯。妹が変わり果てたディアドロフの遺体を見分けられたのもこの歯があったから。

工科大学の学生が、レコード盤を違法に作成するのが得意だったこと、ソ連時代ビニールは高級品だったこと、当時を感じさせる面白いエピソードが沢山あった。ディアドロフ隊のことを、面白くて怖い未解決事件のキャラクターではなく、かつて生き、不可解な死でこの世から去った、生きた人間として認識できた。

ディアドロフ隊の撮影した写真が本の随所に散りばめられてるのもその効果を強めた。
まさかあんな最期を迎えるとは知らず、ディアドロフ一行はその最期の日まで、山岳行の写真を撮っている…

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2020年6月10日
読了日 : 2020年6月10日
本棚登録日 : 2018年9月25日

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