2666

  • 白水社 (2012年9月26日発売)
4.12
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本棚登録 : 856
感想 : 46
4

 二段組み855Pの長編小説。著者ロベルト・ボラーニョの遺作であり、それぞれ独立した五部で構成されている。ただ、どの部も完全に独立しているわけでもなく、謎の作家アルチンボルディ、彼の痕跡の残るメキシコの街サンタテレサ、というワードで緩く繋がっている。
 ものすごい小説だった。長さにしても内容にしても。著者の脳味噌を裏返し、記憶や体験を全部本に塗りたくったような印象。こういう小説を書いて死んでいったのなら、小説家として大往生と呼べるのだろう。というか、これを書いてしまったら、この後に何を書けるというのか。
 一部:批評家たちの部。話が動き出すまでが少し長いのだが、アルチンボルディの研究者四人の関係が恋愛絡み(四人のうち唯一の女性であるリズを巡って)でギクシャクしてくると面白くなってくる。更に、ロンドンで起きるタクシー運転手とのいざこざが不穏な空気を醸し、アルチンボルディを追ってサンタテレサに行き着く頃には、何だか徹夜した時のようなフワフワした落ち着かない気分になる。印象深いのは、舞台がサンタテレサに移った後のリズからメール。これがあることで話の風通しがよくなっている。ただ、その風通しも、爽やかというより空しい気分になる。
 二部:アマルフィターノの部。一部の最後の方に出てきたサンタテレサに住む教授アマルフィターノの話だが、著者の知識や思考がそのまま溢れている気がする。作家や哲学者の名前が多く出てくるし、痛烈なメッセージがはっきり示されている。特にラストの薬剤師の出てくるシーン。今や教養豊かな薬剤師でさえも長編小説を読まない、彼らは巨匠の完璧な習作を選ぶ、彼らは巨匠の剣さばきの練習を見たがっている、血と致命傷と悪臭をもたらす真の闘いのことを知ろうとはしない、そういったメッセージ。長編をあまり読んでこなかった私としては結構ガツンときた。
 三部:フェイトの部。記者のフェイトの視点によって、サンタテレサの現状が語られる。四部への繋ぎといった感じで、そこまで印象に残らなかった。
 四部:犯罪の部。おそらく本書で最も濃い部。怒涛のように女性の惨殺死体が湧き出し、それをルポタージュのように淡々と記録していく。そこから滲み出てくるメキシコの乾いた狂気、地元住民の生活があまりにも生々しい。記録の合間に挟まれる様々な人物のストーリーが、これが小説だということを思い起こさせてくれる。教会で小便を漏らす不届き者、テレビ番組に出演する千里眼の聖女、どこか寂しげな女性院長、一連の事件の犯人とされて刑務所にぶち込まれるコンピュータ技師、増える死体に振り回され続ける警察、村人の中から警察に手下として選ばれた少年など。ただ彼らは結局のところ、誰一人として事件の真犯人に辿り着けない。そして未解決のまま四部は終わる。この事件には元ネタがあるようだ(メキシコのフアレスという街の女性連続殺人事件)。こういった事件の真相とは一体何だろう。当たり前に推測できることは、一つ一つの殺人事件が無関係で、それぞれ別の何十人もの犯人がいるということだ。それをもっと押し進めると、最終的に著者が言いたかったことは、渾沌が更なる渾沌を巻き込む、その渦そのものが犯人だということではないだろうか。そして渦とは、犯罪を客体として定義したもののみならず、犯罪を見ている主体の視線を含んでいる。つまり、延々と語られる事件に統一性をもたせている、我々、読者の視線だ。
 五部:アルチンボルディの部。ここに来てようやくアルチンボルディの人生が語られる。ハンス・ライターとして生まれた彼が、いかにしてアルチンボルディを名乗るようになるか。何と言うか、すごく濃密な人生だなと感心した。彼の好きな海藻に関するエピソード、男爵の甥との会話、戦争、作家への道、妹の話、そして彼は飛行機でメキシコへ行き、長きに渡る話の輪が閉じる。個人的に印象に残ったのは、おそらく著者自身の、文学そのものへの哲学的な考察。正直、読んでもあまり正確には理解できない。作家の生み出すものはほとんどが盗品であり、その盗品の森の中にはかならず何かが隠されていて、その隠されたものと盗品の間には相互補完的な関係があり、隠されたものは永久に明かされることはなく、だからこそ人々の目を引きつけ、その需要により盗品は再生産され続けるのだ、そしてこの「2666」自体もそんな真実を隠している森の一つである、というようなことだろうか。解るような解らないような。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2013年9月4日
読了日 : 2013年8月21日
本棚登録日 : 2013年9月4日

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