孫子 (講談社学術文庫)

著者 :
  • 講談社 (1997年6月10日発売)
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感想 : 55
4

読み始めたときはフォン=クラウゼビッツの『戦争論』ほどの衝撃はなく、「こんなものか」と思っていたが、読み進めていくうちに「紀元前5世紀頃の成立といわれる書物とは思えない内容だ」と思うようになった。

「兵は詭道なり」、「兵は拙速を聞くも、未だ巧久を睹ざるなり」、「彼を知り己を知らば、百戦して殆うからず」など、
今までにいろいろなところで耳にしたことがある言葉が多数出てくるのだが、その大元である『孫子』の全文や解説を読むと、自分の理解はとても表面的で浅はかで、本物ははるかに深淵で広い意味もあったこともわかった。

第1章の最初から「説教くさいな」と思ったのだが、よく読むと「君主が馬鹿だと戦に勝てぬ」ということを説いている。啓蒙主義の2000年以上前に君主の浅はか・身勝手な行動を制限し賢主としての振る舞いを説くとは恐れ入った。「前線(現場)の将軍に後方(で事情の分かっていない)王がむやみに指令を送るな」という考えが通信インフラが猛烈に進展した現代社会の様々な場面で通用してしまうのは、孫子の慧眼を褒めるべきなのだが、なんとも情けないというか、人間は2500年経っても変わらないというか・・。という気持ちにもなる。

2章以降何度も現れてくるのは戦争による経済的損失の概念で、これにも非常に驚いた。兵を起こすことも戦場で維持することも経済的な負担が大きい(だからなるべくやるな)や、敵兵を破って勝つ(見方の損失もある)よりも彼我の損失なく取り込む方が上策であるということを繰り返し述べている。

シミュレーションを重視する姿勢も見える。兵を起こす前、実際の戦闘の前、つまり戦略・戦術どちらのレベルでも何度もシミュレーションをし、勝つための算段をよく考えろという内容がいくつもの章で見られる。

12章の用間篇では諜報の大切さや扱いについても述べている。これまでの章で述べてきた戦略・戦術論の大元である敵情分析、そのデータソースである敵勢の把握をする間諜についてを一つの章を割いて解説している。こういう部分でもただ戦闘をするための書ではないんだなぁと思わされた。

また、本書の全般を通して合理的で現実的な考え方をしていることにも驚いた。
今から2500年前の書物であるのでさぞ迷信も含まれているかと思いきや、「天の災いに非ずして、将の過ちなり」のように天の意思のようなものを否定する記述が何カ所もあり、全編を通して占いや迷信ではなく人の心の動きや地形に対する知識、技術を重視する姿勢を通している。

本文のあとに付いている解説も良かった。
書籍としての『孫子』の扱われ方だけでなく、その著者についてや時代背景も詳しく解説しており、本書の底本となった前漢時代の竹簡本の意味についても論じている。
『孫子』の内容を理解するうえで必須の内容ではないが、書物の周辺の事情がわかるのも面白いので、本文の前に解説から読んでも良いと思った。

本文の内容についてではないが、
以前読んだガリア戦記には多数の異本があるというのに、『孫子』は漢代のものと宋代、それ以降のものもほとんど変わらないということに驚いた。
これは『孫子』独自の特徴なのか、中国語文化の特徴なのだろうか。それとも東洋には「注釈を付ける」という文化があるため原文が保存されやすいのだろうか。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 古典文学
感想投稿日 : 2024年3月25日
読了日 : 2023年8月24日
本棚登録日 : 2021年2月9日

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