悪霊列伝 新装版 (角川文庫 な 6-6)

著者 :
  • KADOKAWA (1999年9月1日発売)
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感想 : 9
5

 連作人物評伝の形式をとる本作は、単なる読み物レベルを超えた、日本史の負の領域を辿る裏系譜の研究評論。
 悪霊が実在するか否かの検証ではなく、それが現象として誰に対して働き如何に利用されてきたかという観点から、各時代の『呪い』の実態が解き明かされてゆく。

 特に、冒頭にて吟味される「長屋王の変」の真相が、初見は衝撃だった。
 王の名を冠した事件ながら、その実本命として狙われたとされるのは、彼の正妃であり元正天皇の妹である吉備内親王と、皇孫待遇を受けた彼女の子供たち。
 王の誅殺の影に隠れるように、吉備と子供たちは共に死んでいる。
 だが、王の弟以下が縁座を免れ、別の妃・藤原長娥子(父は不比等)とその子供には類が及んでいないことを見れば、仕掛けた側の意図は明白。
 王者の系譜における、血の革命の壮絶さと虚しさ、権力の推移。
 京都の下御霊神社に祀られながら由緒概要が不明となっている祭神・吉備聖霊を、この非業の死を遂げた皇女と推測する著者は“悪霊は、人の心の中にある”と述べる。
 “不当な仕打ちをした加害者が、内心の恐れと後めたさのために作りあげた虚像”なのだと。
 やがて、死者の復讐とも思える不幸の影に脅かされる聖武天皇は必死の魂鎮めの無効力さに慄きながら、屈折した自身の心を更に食い破ってゆく。
 帝王の放浪という奇態が、罪悪感と恐怖心のもたらす苦悶にあったことが淡々と語られる。
 小説「美貌の女帝」にて具象される、その荒涼たる描写が忘れられない。

 また、不比等以来、奈良朝随一の政治家・藤原仲麻呂の権謀の構図の見事さにも目を見張りつつ、傍らで精神を蝕まれてのた打ち回り遺詔も蔑(ないがし)ろにされた聖武の後継者問題に絡む、娘たち(井上・不破両内親王)の運命も数奇。
 一時は立后し、やがて廃后の憂き目に遭って謀殺され、延いては崇道天皇(早良親王)と併せて桓武天皇を苦しめる怨霊の一つとなった井上皇后の例を見れば、怨霊が“負い目を感じる側の価値判断”とする考え方は妥当。
 聖武から桓武へ。
 呪いの種は脈々と継がれている。
 自らの後半生をもってして、恐怖と贖罪の意を表し続けた王者たちの姿を、著者の筆致は鮮やかに浮かび上がらせる。
 平安仏教が伝わる前の『谷間』にあって、政治方針により奈良仏教を否定したことが魘魅や呪詛の野放図な拡大を生み、結果として縋る先を失ったと桓武の絶望の深さを指摘するのも鋭い。
 後の御霊会の様子に象徴される平安王朝の変質も示唆的。

 他、殊に名を知られる怨霊と言えば、やはり菅原道真だろう。
 生前の当人と無関係の性質を持った悪霊が百年もの長期に渡って存在した理由を、“生きている道真が廟堂にいることが邪魔だったと同様に――あるいはそれ以上に――悪霊としての道真を必要とした人がいたからではないか”と述べている。
 政敵追い落としの有効な手段として、相手方に祟りの名目でもって脅しつける。
 贖罪意識から口伝に語られるのではなく、政争や学者の派閥闘争、寺院相互の対抗策における宣伝効果を目的に、死者の名は一人歩きする。
 “神の近くにいる者は最も神なき者であり、神なき者がいるかぎりどんな悪霊も作りあげることができる”のだと、人間の身勝手さが霊の性質を変えることが鮮烈に指摘される。
 演出する者と、信じる者の存在、信じ込ませるに充分な状況によって、霊は神にも怨霊にもなりうる。

 左大臣・藤原顕光の項では、政(まつりごと)が身内の盥廻しと相克の対象となった背景に、プロ化した修験者や陰陽師の打算をも重ねて悪霊の変質を挙げている。
 矮小化された国家と政治意識の退廃を反映し、悪霊もまた、国家的要求や責任より個人レベルの恨みを焦点とする。

 公家社会の悪霊の典型である道真に対し、武家社会でそれに比するものは平将門にて論考される。
 悪霊は個人の性格や行為とは関わりなく、後世の人の頭の中で造り上げられ利用される。
 如何に政争の具として有効に機能し得るかが、その発祥にある。
 将門伝説の多様さも、中世武士という担い手があって漸く起きえたという政治的効果が根底にある。
 彼を祀った神田明神への明治天皇の参拝を巡る騒ぎは公権力の神社への介入を示しており、歴史教育における位置付けが転々と変質する現象も皇国史観を露骨に表す一例として興味深い。
 将門の乱と鎌倉武士団台頭との本質的な比較論の展開は、研究者の姿勢と観点からしても見習いたいもの。
 地方土豪層の力の蓄積、主従関係の紐帯の度合いと階層的な組織性、中央政権の価値観の排除など、両者を交えた東国問題の奥深さと難解さは途方のなさすら感じさせる。
 “ものごとの本質が、当事者の認識しないところにかくされているということもまた、歴史の上にしばしば見られる”とは、現代にも通じる一文なのだろう。

 古代末期の頽廃的な宮廷社会の土壌において生まれるべくして生まれた怨霊を追う崇徳上皇の項では、「源氏物語」の軸にある心の負い目や罪悪感すらも遠くなり、インモラルな構図も行き着くところまで行った感の末期的な平安王朝の様にぞっとする。
 一旦は葬られた過去の事実が巡り廻って表面化した途端、周囲の人々を巻き込んで翻弄し出す奇怪さ。
 天皇家・摂関家の内部抗争がより深刻に剥き出しになり、院政の発達の影にある近臣や戦力も経済力も持ちつつある武士側の思惑が絡みに絡んで、火種は益々増幅する。
 やがて時を経て明治期に復活した魂鎮めに見る、アナクロニズムに装われた政治的意図による演出――天皇の絶対的権威の確立――はまさに、“悪霊がそれじたいとして存在するのではなく、社会がそれを必要とするときにのみ存在する”という著者の洞察を裏付ける。
 敗残の王者の凄まじさや物悲しさは置き去られ、前時代的な要素を孕んだ明治が真の近代たりえたのか、との疑問までも残して。

 後半は、厳密に悪霊の検証よりも歴史的な人物評価へと比重が移る。
 源頼朝の死の推察も面白いが、大忠臣から悪党呼ばわりまで幅のある楠木正成の実像に迫る下りは、難解な南北朝時代を背景にしているだけあって特に勉強になる。
 当時の武士層を一概に北朝・南朝で区別できないこと。
 むしろ、動乱の背後に控える寺社勢力の強大さと分裂、武士との結託に目を止める必要性について、簡潔明瞭に説明される。
 この時期の動乱を性質的に二期に分け、鎌倉幕府滅亡後に武士たちが自らの血を賭けて新しい政治を模索した事実に注目している。
 そこにいるのは忠臣としての勤皇ではなく、自分らのために闘う者たちであり、彼らこそが歴史の底流を動かす担い手であった。
 整理し難い時代故に誤りやすい錯覚も指摘され、どきりとする。
 いわゆる『建武の親政』が崩壊したのは、革新さよりも復古的な性格にあったこと。
 必ずしも新しいものが古いものに取って代わるわけではないのだということ。
 「太平記」に見られる悪霊も、合理的な宋学の知識階級への広まりに伴い、あくまで物語の世界に閉じ込められ、時代や政治を批判する道具としてしか使われなくなる。

 最後、徳川家斉の周辺では、将軍をも巻き込んだ感応寺事件に見る、政治の堕落の根の深さ、魂の問いを置き去りした仏教との関わりに、いかがわしくも脆い虚妄の世界が描かれる。
 権力が頂点を超えて頽廃し、本質を欠いた政権争いと成り果てれば、平安王朝時代の悪霊が同質に再現され跳梁する。
 醜い我欲が連綿と続きながら、そこには悲哀と奇妙な可笑しさがある。
 太平の世にあり繁栄を享受し、けれど生き甲斐を失いながら刹那的な恋愛遊戯に耽る時代の符号は、そのまま現代の世相に通じている。
 忘却の技術や負い目の処理の仕方すら似通っていて、微妙に背筋が寒くなる。
 歴史の流れの底に淀むのは必ずしも精神の発展とは限らず、人間の心の後ろ暗い部分が蟠って社会を引き摺っていくこともあるのなら、人は負の遺産をこそ学ぶ必要があるのではないだろうか。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説・評論(永井路子)
感想投稿日 : 2011年2月16日
読了日 : -
本棚登録日 : 2011年2月5日

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