ある異常体験者の偏見 (文春文庫 306-7)

著者 :
  • 文藝春秋 (1988年8月1日発売)
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(2012.08.31読了)(2005.06.18購入)
【8月のテーマ・[太平洋戦争を読む]その④】
山本七平さんの戦争体験と捕虜体験が語られていますが、この本は論争の本です。
新井宝雄(毎日新聞編集委員)という方が『文芸春秋』に掲載した「森氏の批判に答える」という文章に山本七平さんが批判を加え、その批判に対して、再度新井さんが反論し、その反論に山本さんが……。
両氏の文章がこの本に収められているので、両者の言い分が読めるようになっています。文章を書く人たちというのは、なかなかすごいもんだと感心しました。
それぞれの文章を読むと、なるほどと思うのですが、反論を読むと、またなるほどと思ってしまって、どちらかの言い分だけが優位というふうには、とても判定できません。
山本さんなどは、題名に「偏見」という事を堂々とつけていて、公平平等を標榜するマスコミの胡散臭さをからかっている感があるので、多少、痛快な面もあります。
山本さんが、捕虜体験の中で、日本の敗因は、飢餓にあるのではないか、と述べているあたりは、先日読んだ、『敗北を抱きしめて』の中で述べられていた、戦争末期に食料確保のために仕事を休む人が40%もいたという事と思い合わせて、納得するところがありました。

【目次】
ある異常体験者の偏見
軍隊語で語る平和論
中国兵は強かった
アントニーの詐術
悪魔の論理
聖トマスの不信
アパリの地獄船
鉄梯子と自動小銃
マッカーサーの戦争観
洗脳された日本原住民
横井さんと戦後神話
一億人の偏見
付・一 森氏の批判に答える  新井宝雄
付・二 決定的な要素は人間である  新井宝雄
付・三 私の反論のあとさき  新井宝雄
あとがき ―『私の反論のあとさき』を読んで  山本七平

●自分が受けた苦しみ(34頁)
人は、自分が受けた本当の苦しみを、そのまま口にすることはできない。笑い話にするか、似た運命に陥った他の人に託して話す以外に方法はない。
●道具に人間を合わせる(52頁)
兵器=神聖=完璧という前提に立つと、今度は、兵士が欠陥人間という事になってしまう。そこでその欠陥を叩き直し、人間を兵器に合わせるため血の出るような猛訓練をやることになるが、これは間違いだ。叩き直すのは砲の方であって、人間の方ではない。
修正するのは「作戦」の方であって人間の方ではない。訂正するのは「計画」の方であって、人間の方ではない。
●欠陥兵器(57頁)
兵器の欠陥については、材料技術者として本当の事を知っておりますだけに、全く同感です。材料が悪く、加工が悪く、こうしたものを頼りとして命をかけている兵隊さんに申し訳なく、それだけに、一生懸命努力したことを覚えております。
●尺度が違う(117頁)
人間は全員が別の人間であり、各々は独立した人格であり、各人はそれぞれ自分の尺度を持ち、その尺度は、各人の顔が違う如く違っている。
●百人斬り競争(128頁)
創作記事「殺人ゲーム=百人斬り競争」が、物理的にはじめから不可能なことではないかというベンダサン氏の問いに対して、本多勝一氏が生体実験という発想で次のように応酬している「当人たち(向井・野田両少尉)が死刑になったあとでは、何とでも憶測や詭弁を弄することもできますよ、いくら名刀でも、いくら剣道の大達人でも、百人もの人間が切れるかどうか。実験してみますか、ナチスや日本軍のような人間を使って?」
●思想・信条(133頁)
『百人斬り競争』を「事実」とする人間は平和的・進歩的・友好的人種で、「虚報」だとする人間は、保守反動の軍国主義者だ、などということはもちろんありえない。要は事実か虚報かという問題だけである。
●飢えが原因(162頁)
大日本帝国の崩壊の最大の要因は、新井宝雄氏のいわゆる毛沢東の「持久戦論」でも中国の「民衆のエネルギー」でもアメリカの物量でもなく、「飢えの力」ではなかったのか。と同時に、太平洋戦争という無謀な戦争の一因が、じりじりと一日一日と深刻になっていく「飢え」―日華事変の翌年、昭和13年の「白米禁止令」から、配給、外米混入、と時々刻々と逼迫していった食糧事情と、何とかそれから脱却してビルマ米・サイゴン米を確保することではなかったのか。
●飢餓(168頁)
人間、極端に衰弱すると、排便をする力さえ失われる。ひとたびそうなると、石のようなカチカチなものが出口に栓のようにつかえてしまうので、もう、自力ではどうにもならない。
●陸海軍は役立たず(220頁)
その時代における総力をあげ、そのため長い間最低生活に甘んじ、それを当然と考える状態にあって作り上げた陸海軍は、実に無用の長物で、何の役にも立たず、ただ一方的に叩き潰されたにすぎなかったという事実は、あまりに歴然としていた。
●フィリピン占領(223頁)
私が比島に行ったときは、いわゆる「緒戦の大勝利」の後で、いわば「進駐軍」の一員として現地に行った。当時フィリピンは東亜解放の一環として解放軍=日本軍に解放され、ホセ・P・ラウレルを大統領とする「独立国」であり、われわれはそれを守るためにいるというのが「タテマエ」であった。私はそこで、「占領軍」と「原住民」との関係を、占領軍の側から見た。
●偏り見るもの(269頁)
聖書には「ヤハウェは、偏り見ないもの」という面白い言葉がある。これを逆に読めば「人は、偏り見るもの」なのである。よく「一面的な見方」とか「一方的な言い方」とか言われるが、元来、人は「一面的に」しかものを見え得ないし、「一方的に」しか語ることができない。

☆関連図書(既読)
「「南京大虐殺」のまぼろし」鈴木明著、ワック、2006.06.20
「敗北を抱きしめて(上)」ジョン・ダワー著・三浦陽一・高杉忠明訳、岩波書店、2001.03.21
「敗北を抱きしめて(下)」ジョン・ダワー著・三浦陽一・高杉忠明・田代泰子訳、岩波書店、2001.05.30
「夕凪の街 桜の国」こうの史代著、双葉文庫、2008.04.20

☆山本七平さんの本(既読)
「日本人とユダヤ人」イザヤ・ベンダサン著、角川文庫、1971.09.30
「比較文化論の試み」山本七平著、講談社学術文庫、1976.06.30
「勤勉の哲学」山本七平著、PHP研究所、1979.10.31
「日本資本主義の精神」山本七平著、光文社、1979.11.05
「聖書の常識」山本七平著、講談社、1980.10.01
「一九九〇年の日本」山本七平著、福武書店、1983.06.30
「人望の研究」山本七平著、祥伝社、1983.09.25
「帝王学」山本七平著、日本経済新聞社、1983.11.25
「「色即是空」の研究」山本七平・増原良彦著、日本経済新聞社、1984.10.25
「派閥」山本七平著、南想社、1985.05.15
「指導力」山本七平著、日本経済新聞社、1986.01.24
「小林秀雄の流儀」山本七平著、新潮社、1986.05.20
「参謀学」山本七平著、日本経済新聞社、1986.11.20
「経営人間学」山本七平著、日本経済新聞社、1988.01.22
(2012年9月12日・記)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 山本七平:評論
感想投稿日 : 2012年9月12日
読了日 : 2012年8月31日
本棚登録日 : 2012年8月28日

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