私とは何か――「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)

著者 :
  • 講談社 (2012年9月14日発売)
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現代社会の最大のテーマ「ありのままの自分」「本当の自分」
それを根本から問い直す一冊。

以前、読書好きの友人が、こんなことを言っていた。
「人前で演じちゃう自分がいて、でも西加奈子の作品にそれを肯定する作品があって、それでいいんだなと思って救われた」と。
この話を聴いた時に、「演じる」ということについてもう少し深く考えてみたものの、うまく考えがまとまらなかった。
そしてその答えが、ここにあった。
人と関わる時、「演じている」というのとは別の、「その人の前での自分」がいること。
本作品では、それを「分人」と定義づけている。
その人の前では常に、「その人の前での分人」。
でもまた、別の人の前では別の分人が登場する。この、対人関係ごとに見せる複数の顔が、すべて「本当の自分」「ありのままの自分」である。

ヨガや瞑想の中で繰り返される「ありのままの自分」。最近のブームだ。
わたしはそれを、「人と違う意見であっても、自分がそう思うのならそれでいい」ことだと解釈している。
生きていく上で「自分がどう思うか」、を大切にしている。
それは他人とは違う。だから他人には「あなたはどう思うの」と常に問うている。
そこで出てくる答えこそが「ありのままの自分」の意見であって、みんな、ありのままの自分が一つしかないと思っている。わたしもそう思ってきた。
そしてそれをさらけ出せる相手こそがパートナーであるべきだ、とずっと信じてきた。
ありのままの自分は一人。つまり「本当の自分」。それを肯定したり高め合ったりするのが結婚なんだろうなと、そんな風に思ってきた。
そして、その自分らしさを見つけるために、足掻く。人生って、それにいつ気付いてどう実行するか、早い者勝ちなのかな、と思っていた。

オードリー若林さんの作品に必ず登場する平野啓一郎さんの「分人」という考え方。
実際は、「本当の自分」なんてものが一つ存在しているわけではなく、「分人」の集合体が自分自身、つまりそれら全て「本当の自分」である、という考え方。この作品は、自分という存在が揺らいでいる人の、救いになる一冊だ。
嫌いな分人も、好きな分人も、自分自身。好きな分人を足がかりに生きていくこと。例えば、虐められている分人だけが、自分の全てじゃない。虐められていない分人だっているはずだ。
「本当の自分」が一人しかいない、という考え方は、人を苦しめる。平野さんは、リストカットや自殺を「分人」の視点から解説する。
(P59)自傷行為は、自己そのものを殺したいわけではない。ただ、「自己像(セルフイメージ)」を殺そうとしているのだと。(中略)今の自分では生き辛いから、そのイメージを否定して、違う自己像を獲得しようとしている。つまり、死にたい願望ではなく、生きたいという願望の表れではないのか。もし「この自分」ではなく、「別の自分」になろうとしているのであれば、自分は複数なければならない。自傷行為は言わば、アイデンティティの整理なのではないか?そして、もし、たった一つの「本当の自分」しかないとするなら、自己イメージの否定は自己そのものの否定に繋がってしまう。
自殺については、以下のように解説する。
(P125)人間が抱えきれる分人の数は限られている。学校で孤独だとしても、何も級友全員から好かれなければならない理由はない。友達が三人しかいないと思うか、好きな分人が三つもあると思うかは考え方次第だ。(中略)そうして好きな分人が一つずつ増えていくなら、私たちは、その分、自分に肯定的になれる。否定したい自己があったとしても、自分の全体を自殺というかたちで消滅させることを考えずに済むからだ。

2020年、芸能界では多くの人が自ら命を絶って、特に春馬くんの死は本当にショックで、未だに思い出すと落ち込んでしまう。春馬くんも、他に命を絶った方も、否定したい自己の比率が、自分の全てを占めてしまったんだろうか。自己イメージは、一つじゃなくていい、否定したい自己は複数あっていい。でもたぶん、芸能界はきっとそんな世界じゃない。
また、薬物や不倫も、芸能人に発覚すると、ものすごい勢いで批判される。それはたぶん、芸能人とは別の分人が、芸能界での生活を成り立たせるためにしたことだと思う。しかし、不倫をした分人を責めるのではなく、その人全体を否定した報道がされる。どんなに家族を大事にした分人がいても、薬物をしていた分人がありのままのその人であるかのような報道がなされる。

分人主義は不倫を容認する考え方だ。今は時代として複数の仕事、コミュニティを持つ時代。不倫を叩きたがるのも絶対的に愛するその人を全体として見ているからであって、分人主義の考え方にのっとって考えたらそれは妻の前での夫、子の前での父である。だとしたら愛人の前での分人がいてもおかしくない、ということになる。なんだかいよいよ血縁とは別の視点から、家族の捉え方が変わってくるんじゃないかなって気がしている。

現代人が囚われている「本当の自分」という幻想。それに苦しむ人を救ってくれる言葉が数多く記されている。
平野啓一郎さんの作品にすごく興味がわいて、むっちゃ本棚登録した。
わたしは今まで彼の作品は読んでこなかったけれど、どのような想いでその作品を描いたかがわかるので、平野啓一郎作品の入門書としてもベストな一冊。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2020年12月20日
読了日 : 2020年12月13日
本棚登録日 : 2020年12月20日

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