NかMか (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

  • 早川書房 (2004年4月16日発売)
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本棚登録 : 607
感想 : 61

クリスティーらしいスパイ・スリラー……
というのは珍しいんです、案外と。

いつものスパイ・スリラーでは
大風呂敷を広げすぎる彼女ですが、
今回は舞台を「閉じられた環」に限定。

(一見平凡な下宿≪無憂荘≫ に潜む
 大物スパイは誰だ?というもの)

おしゃべりの裏のサスペンス、
うまいこと読者の目をそらすスケープゴートたち、
持ち味をうまく発揮できました。
なんでほかのスパイ・スリラーでは
この手を使わなかったのか、不思議でなりません。

とにかく会話がうまい。
「まあまあ、主人がこの話を聞いたらなんと申しますやら」
「ヒルという姓は三ページにわたっていてよ」
そして「があがあがちょうのお出ましだ!」

クリスティーの単純な愛国心はよく批判の種になりますが、
書かれたのは戦争中ですから、割り引いて考えます。
敵は日本じゃなくドイツなんであまり複雑な感情は湧かないし。
(本当はそれじゃいけないんだろうけど……)

「敵国人のスパイには敬意を払うが、
祖国を売る裏切り者は軽蔑する」
というのが、作者の基本的な立場。
グリーンの『ヒューマン・ファクター』のような境地は
分からなかっただろうな、と思うのですが、
意外とそうでもなかったかもしれない……と、
これはまた別の話。

そして、本書はトミーとタペンスの
「四十八歳の抵抗」でもあります。
(トミーは46歳だけど)
二人を動かすのは、若い者に負けてたまるか、という対抗心。
アガサ・ミラー嬢も、もう五十代だしね。実感こもってます。
しかしアイルランド独立運動への無理解はひどいね。

成人した二人の子供、デリクとデボラも登場。
(十二年前にはまだお腹の中にいたはずだけど…)
この時点では若者に信頼を寄せています。

旧版は(T)さんの匿名解説。
夫妻探偵の嚆矢は、クイーンによると
(と、わざわざ断っている)
マクドネル・ボトキンのポール・ベックとドーラ・マール。
30年代のアメリカで夫婦探偵が増えたのは
ハメット原作の映画「影の男」が大ヒットしたから。
天才的な名探偵には独身が多いが、
地道な捜査活動には暖かい家庭が必要なのだろう――。
簡にして要を得た夫婦探偵の説明。
『ノース夫妻殺人に会う』とか『黄色いスミレ』とか、
聞いたこともない本が次々に出てきて面白い。

新版は渡辺武信さんの解説。
前半は「トリックではなくプロット重視だからいい」というもの。
つまりクイーンやカーをトリック派とみなしているわけですが、
でもクイーンも中期からは物語的要素が強くなるし、
カーの語り口のうまさは、瀬戸川猛資さんが熱弁していたところ。
この手の比較は、ちょっと単純すぎるんじゃないでしょうか。
後半はあらすじ。
旧版の勝ちです。

読書状況:未設定 公開設定:公開
カテゴリ: クリスティー解説腕くらべ
感想投稿日 : 2011年9月20日
本棚登録日 : 2008年9月5日

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