ポプラの秋 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1997年6月30日発売)
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感想 : 346
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母が亡くなってからおよそ二年間、私は母に手紙を書いた。
こんなにも話したいことがあったのかと、自分でも呆れるほどだった。
分厚い手紙の束が貯まった頃、妙に気持ちが落ち着く日が来た。
大丈夫、私、生きてるもの。きっと良い日もやって来る。そう思えた。
この本に登場するおばあさんも、手紙を書くことの効能を知っていたに違いない。
しかし、「あの世へ手紙を運んでやる」とは、なんと粋な誘い文句だろうか。
亡くなった父親に自分の言葉が届けてもらえるならと、7歳だった主人公がせっせと手紙を書いたのも、とても頷ける展開だ。もっとも、そんなのは「子ども騙し」かと思いながら読むと本当に騙されるのだが。

「夏の庭」、そしてひとつ前の「西日の町」と同じく、喪失と再生の物語。
今回は20代半ばの女性が、母子家庭だった頃のアパート暮らしの記憶を、悔恨の思いで振り返る描写が多い。そこに微かなノスタルジーも入り込み、女性らしい語りになっている。
読む年代によって、少女寄りになったり母親寄りになったり、あるいはおばあさんに共感して読んだりするだろう。
特に身近などなたかを亡くした経験のある方は、身につまされるかもしれない。

主人公は語り手であるかつての少女(今は成人している)だが、私はこの母親に肩入れしたくなる。
何も言わず突然自死した夫。大きな「何故?」を胸に秘めたまま、幼い子を抱えて生きていかなければならなかった母親に、言いしれぬほどの孤独を見てしまう。
電車に乗って行き当たりばったりの旅を続ける日々の、言葉に出せない深い絶望と葛藤。
この子だけは守らねばならない。父親の死の事実から。
激情とともに吐きだして、いっそ怨み事が言えたらどんなに楽だったかもしれないのに。
最終章のポプラが黄色く色づく季節に、その母の胸の内を初めて知ることになる主人公。
救われたのは、この主人公だけではない。母親もそうだったはずだ。
そして私は今回もまた、しばしば涙ぐみながら読むこととなった。

湯本さん、ありがとう。次もあなたの作品を読みます。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2019年5月27日
読了日 : 2019年5月25日
本棚登録日 : 2019年5月27日

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