事件ノンフィクションには、しばしば下世話なのぞき見趣味を刺激するものがあって、読んでる自分が嫌になってくることもしばしばだが、これは違っていた。被害者と加害者の双方、本人はもちろん家族や関係者のプライバシーにかなり踏み込んでいるけれど、興味本位に暴き立てる感じがなく、こういうのって非常に珍しいと思う。
著者は、英国「ザ・タイムズ」紙アジア編集長および東京支局長で、滞日20年だそうだ。さすがに日本のことをよく知っているなあと思わされる。繰り返し言及されている、日本の「水商売」のありようとか、警察の捜査や司法制度についての疑問・批判には、若干西欧中心的な感じがあるものの、なるほど「外」からはそう見えるのかと納得するところもある。事件について、「特異な犯人の冷酷な犯罪」という側面にとどまらず、日本社会の一面をあぶり出していく書き方になっていて、そこが優れていると思った。
これはかなり騒がれた事件だったと思うが、詳しいことは知らなかったので、まずそのドラマティックな展開に驚かされた。犯罪小説そこのけ。でも、ここに登場する人たちは誰一人型どおりではない。特に被害者の父親が、「期待される被害者遺族像」からかけ離れていて、そういえば当時もバッシングの対象となっていた記憶がある。このティム・ブラックマンがもっとも印象的だが、どの人にも、どの家族にも、傍目には窺い知ることのできないそれぞれの「生」がある。多くの人に知られるはずもなかったその姿が、非道な犯罪によってさらけ出されてしまう。二重の恐ろしさを感じた。
- 感想投稿日 : 2015年10月20日
- 読了日 : 2015年10月20日
- 本棚登録日 : 2015年10月20日
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