3月に捨てられ施設で育った弥生は、今は准看護師として働いている。「よい子」として生きるしかなかった彼女は自分の心をさらけ出すことが苦手だ。患者とも同僚看護師たちとも距離を置いて表面的に付き合い、深く関わろうとはしない。患者の家族からは医師や師長には決して言うことのないひどい言葉を投げつけられ、医師にはいいように使われている。
そこへ現れた新しい看護師長。穏やかで優しい目をしていた。
にこにこと笑顔を絶やさずに応対するけれども決して妥協や無責任な仕事を許すことはない。柔らかな物腰の彼女は、高圧的でなく大声も出さないけれど、すべきことは毅然と貫き通すことができる。
親に愛された経験がなく、その後も愛情に乏しい生活を強いられてきて、人を信じて委ねることはなかなかできないだろうし、根源的な自信も持てないまま、今に至っている弥生。さらに、身近な人たちに絶対的な信頼関係を築けなかった。自分を解放できる関係を持てず、繭のようなものの中に自分を存在させるしかない。
新しい師長は看護師たちに意欲や自信を取り戻させ、自分たちの仕事に対する誇りと責任感を再確認させていく。結果、彼女もその繭の中からようやく出ることができた。
そういったやり取りや一歩踏み出す勇気を持てたことにより、弥生の仕事ぶりが変わっていき、考え方にも変化が出てくる。その上、今まで自分に関わってくれた人たちやその中で自分を大事に思ってくれた人がいたことを思い出す。
中脇さん、上手いなあ。
不器用だったり、子どもの頃に満ち足りた気持ちを持てなかった人を描いて、希望を見出させるのが上手いと思う。派手にハッピーエンドではないけど、実は何もないと思われていた日々の中に小さな小さな花が咲いていたと気づかせてくれる。
見過ごしていた風景の中にあるしあわせ。
誰だって、あれやこれや不満を口にしてしまうことがあるけれど、少しばかり前向きに、人と比べずに自分を見つめれば、忘れていた喜びやうれしかったこと、幸せだと感じたことが確かにあったと気づけるはず。
苦く、ほろ苦く、少し甘い。
「私をみつけて」と願ったとき、実はそこに「すでにみつけている人」がいた。
きっと私たちのまわりにも・・・。
- 感想投稿日 : 2013年11月6日
- 読了日 : 2013年11月2日
- 本棚登録日 : 2013年11月3日
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