海のある奈良に死す (角川文庫 あ 26-2)

著者 :
  • KADOKAWA (1998年5月21日発売)
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本棚登録 : 3075
感想 : 226
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有栖川さんのミステリの魅力は、アリス・火村コンビの掛け合いやロジックはもとより、時折不意に顔を見せる、有栖川さんの知的な面であったり、文学的な雰囲気もあるような気がします。この『海のある奈良に死す』は、そんな有栖川さんの側面が発揮された作品のようにも思います。

「行ってくる。海のある奈良へ」そう言い残し取材旅行に出かけた、アリスと同業の作家、赤星。彼が死体で見つかったのは、福井県の小浜。アリスは火村と共に調査を開始するも……

今回は旅情ミステリの側面も強かったかなあ。赤星が次作に取りかかる予定だった『人魚の牙』と「海のある奈良」という言葉の謎を追って、アリスたちは小浜に行くのですが、この辺の知識量がなかなかのもの。
小浜の歴史や寺社、様々な伝説や地域への言及と、アリスのガイドっぷりは、火村も思わずうなるほど。この辺の二人のやり取りも、ファンにはたまらないのではないかなあ。

赤星の目的地はどこだったのか。この謎に迫る過程が「そこから迫るのか」と思わされるもので面白かった。この辺は鉄道が大好きな有栖川さんの知識もあるのかな。さらにはアリスの仕事面での相棒、編集の片桐も活躍を見せるのも面白い。

事件の容疑者の一人として出てくるのが、映像会社の女性社長である穴吹。年齢は40代半ばらしいのですが、アリス曰く20代にしか見えないそう。彼女と作中に出てくる人魚との伝説の絡め方も印象的。
下手すると味気なくなってしまいがちな、本格ミステリの人間関係部分ですが、ここまで伝説や伝承の部分をしっかりと描いているので、不思議な余情が生まれます。

そして終章のアリスの独白も、有栖川さんらしいセンチメンタルさがあります。赤星が書くはずだった小説をめぐる旅が、事件解決につながる、その思いをアリスはどこかセンチに、そしてロマンをのせて言葉にします。
このスッとでてくる文章の言葉選びが、良い意味で本格ミステリぽくなくて、有栖川さんやっぱりいいなあ、となるのです。

事件のトリックの一部分に関しては、どうしても時代を感じる部分が出てきてしまうのですが、旅情ミステリの面であるとか、アリスのセンチな部分であるとかは、まだまだ当分通用するのではないでしょうか。

余談ですが、作家アリスの初期作だからか、シリーズではちょくちょく出てくる登場人物が、この作品ではがっつり容疑者の一人だったのが、ちょっと可笑しかった。たぶんこれが初登場作品なのかな。

なので「いやいや、あんたはちゃうやろ」と心の中でツッコみながら読んでいました(笑)でも、こうやって読んでると、あのキャラはやっぱり容疑者メンバーの中でも濃いなあ。そりゃシリーズでもちょくちょくだしたくなるよなあ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ミステリー・サスペンス
感想投稿日 : 2020年5月4日
読了日 : 2020年5月4日
本棚登録日 : 2020年5月4日

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