凍える牙 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2000年1月28日発売)
3.57
  • (310)
  • (636)
  • (870)
  • (102)
  • (23)
本棚登録 : 4782
感想 : 513
3

強さと弱さを抱えた女性刑事、そして孤高の獣の姿が、鮮明に印象に残る直木賞受賞のサスペンス小説。

『凍える牙』で起こる事件はかなり奇妙で衝撃的。深夜のファミリーレストランで、突然炎上し亡くなった男。その男の身体に残っていたのは獣の咬傷。この奇妙な事件に挑むのが女性刑事の音道貴子。

冒頭、炎上事件の発生が描かれたあとに描かれる、貴子がツーリングから自室に帰ってくる場面が印象的。夫と離婚し、忙しさにかまけ家族との連絡も途絶えがち。そんな貴子が一人、シャワーを浴び、ピザのテイクアウトを頼む場面。
その動作であったり、心理表現、また心の中で独りごちる言葉一つ一つが、彼女の満たされない心や孤独を表す。ここの表現が哀愁に溢れているというか、都会人の満たされない感情や孤独を思わせ、感情移入してしまう。

そんな貴子もファミリーレストランの事件の捜査を担当することに。彼女がコンビを組まされるのは、中年の男性刑事の滝沢。作中の時代は、ポケベルがまだまだ現役で使われていた90年代。そのため男社会の警察での男尊女卑の風潮は強く、必然と女性刑事の貴子への風当たりも強くなります。
滝沢は貴子を徹底的に無視したり、あるいはおじょうさんと小ばかにしたりといった態度をあからさまに取る。貴子は悔しさを抱えながらも、心の中では滝沢への対抗心を打ち消さず、しゃにむに事件を追っていきます。その強さと弱さの描写のバランスが良かった。

犯人の目星が一向につかないまま起こる、第二、第三の事件。被害者に共通していたのは、獣に襲われて死んだということ。そして徐々に浮かび上がる犯人像。
警察内、そして家族との軋轢を抱える貴子の孤独、相棒の滝沢も娘や息子とうまくいっていない様子があり、そして犯人の動機と孤独も心に迫る。
第一の事件の被害者も、様々な女性遍歴はあったものの、真に彼を愛した人はおらず。そして事件の目撃者たちもあまりページは割かれていないけど、いじめられている女の子であったり独居老人であったりと、それぞれ事情は違えど孤独を抱えています。そして殺人を犯した獣も、頼れる人も愛した人ももういない、孤独な状況に置かれていることが見えてくる。

それぞれの孤独が反響し、クライマックスで描かれるのは獣と貴子の追走劇。荒唐無稽な印象はあるものの、孤独なもの同士が立場も状況も、そして種族をも超え、説明のつかない不思議な絆で結ばれるのはなんとも言えない感情がこみあげてきます。

刑事、被害者、犯人、証言者、そして獣。事件にかかわる人たちの孤独が印象深いですが、一方で彼女たちの情念や生きざまというものが、胸に残る作品でもありました。

第115回直木賞

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ミステリー・サスペンス
感想投稿日 : 2021年3月31日
読了日 : 2021年3月30日
本棚登録日 : 2021年3月30日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする