鷺と雪 (文春文庫 き 17-7)

著者 :
  • 文藝春秋 (2011年10月7日発売)
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本棚登録 : 1711
感想 : 209
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この幕切れには言葉がすぐに見つからなかった…。切ないとか、やるせないとかでは言い表せない感情が読後に残りました。

昭和初期の華族の令嬢とその女性運転手が様々な謎を解くベッキーさんシリーズの最終巻。
収録作品は三編。過去二作品を通しての語り手である〈わたし〉こと英子の成長もあってか、収録作品の背景にあるものも、身分や格差といった社会のひずみを映したものが多くなってきたように思います。

そうしたひずみに対し英子はどこか無垢に近づいていきます。それは上流階級で育ってきたゆえの純粋無垢さゆえの行動、感覚と言えるのかもしれない。

その純粋無垢さを表現しているのが、作品全体に漂う一種の品位。英子の日常であったり教養が出てくる部分の切り取り方が、本当に見事の一言に尽きる。
家族との食事や女学校でのやりとりもそうだし、文学や芸術に関する含蓄や教養も、その品位を裏付けします。そこに北村作品ならではの静謐で品のいい語り口が加わり、シリーズ全体の空気感というものが醸成されている気がします。

昭和華族という設定を、設定だけに終わらせず物語に完全に取り込めたのは北村さんだからこそなのではないかと感じます。

だからこそ、上流階級で育った純粋無垢な英子がベッキーさんとの事件の数々を通して成長していく、というのも実感できるし、なによりまっさらな英子と徐々に不穏さをましていく時代との対比が映えてより心に残る。

それがシリーズ最終話の表題作「鷺と雪」で頂点を迎えます。物語の終盤でベッキーさんが英子にかける言葉。そして運命の電話。歴史の大きな転換点。日常と非日常が入れ替わっていくであろう日。シリーズはある意味では大きな余白をともない、閉じられたように思います。

その余白に読者である自分は様々なものを思い、そして言葉で昇華しきれなかったものをいまも詰め込もうとしているようにも思います。

シリーズ三部作と不穏さを増す現代の時代というのは図らずもリンクしているようにも思える。だからこそベッキーさんの言葉というものの切実さはフィクションの壁を越えて、今の自分の心にも強く突き刺さりました。

第141回直木賞

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ミステリー・サスペンス
感想投稿日 : 2022年12月21日
読了日 : 2022年12月7日
本棚登録日 : 2022年12月7日

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