江神二郎の洞察 (創元推理文庫)

著者 :
  • 東京創元社 (2017年5月28日発売)
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感想 : 64
5

有栖川有栖作品の二大看板。「作家アリスシリーズ」の火村英生と「学生アリスシリーズ」の江神二郎。

共通点としては二人ともミステリアスで、意外と茶目っ気があるやり取りをする、というのが自分の中であります。
と言っても、火村は作品数も多いのでミステリアスながらもなんとなくキャラは掴めるのですが、江神さんは未だに謎が多い印象。

『女王国の城』で彼の家族なんかも少しだけ分かったものの、やはりどこか超越しているというか、まだまだ彼の本質を掴み切れてない印象があります。

そしてこの『江神二郎の洞察』は、シリーズ五作目にして、『月光ゲーム』事件前の英都大学推理小説研究会(EMC)の日常から、『孤島パズル』以降、活躍するマリアこと有馬麻利亜の出会いと入部までを時系列ごとに描いた短編集になります。

そしてこの短編集を読んで、江神さんも何だかんだ推理研を楽しんでるんだな、と実感。
廃病院で後輩を捕まえようと走り回る江神さんは、想像すると結構シュールだけど(笑)

最初に収録されている『瑠璃荘事件』では、EMCの先輩、モチこと望月の住む下宿で起こったノート盗難事件の推理が描かれます。
ノートが盗まれたと思われる時間、望月の下宿先である瑠璃荘では、望月しか犯行が可能と思われた人物がいないらしく……

犯行時間をめぐる瑠璃荘の電球のロジックが見事だったのと、アリスの無垢な一言が望月と織田よろしく、ミステリに毒された自分にはまぶしい短編。

「ハードロックラバー」
顔なじみの女性にハンカチを返そうと声をかけたアリス。しかし、女性はアリスが大声で呼びかけたにも関わらず立ち去ってしまい……

ハードロックラバーとは、アリスの大学の近くにある音楽喫茶のこと。大音量でロックをかけるその店と、女性の謎が江神さんの一言でつながり、アリスが女性の動作に新たな意味を見つけ思い馳せるのが印象的。

「焼けた線路の上の死体」は夏休みを利用し望月の実家へ遊びに行った推理研が、近所でたまたま起こった殺人事件の真相を推理する話。

他のアンソロジーで既読だったけど、今回読み直すと推理研が電車に乗るまでのバタバタだったり、望月の町を散策してる様子もまた楽しかった。やっぱりこのわいわい感が好きなんだろうなあ。

「桜川のオフィーリア」は江神と推理研を立ち上げたOBの持ち込んだ相談の推理。友人はなぜ事故死した幼なじみの死体の写真を持っていたか、という謎。

美少女の美しい遺体、清らかに流るる桜川、そして舞い散る桜の花びら。
『月光ゲーム』事件後でセンチメンタルになっているアリスの心情と、ラスト二行の抒情がこれもたまらない

「四分間しかないので急いで。靴も忘れずに。……いや……Aから先です」
アリスが公衆電話から電話をかけているとき、隣の電話機から聞こえた奇妙な声。それをハリイ・ケメルマンの短編『九マイルは遠すぎる』よろしく、言葉の意味を推理する「四分間では短すぎる」

四分間の意味するものは、という推理から思考は広がっていく様子は読んでいてとても面白かった! 
そして江神さんと望月・織田の先輩コンビのバツグンのコンビネーションや、優しさが明らかになる短編でもあります。
ロジックと合わせて推理研の絆も感じられ、この短編集でも特に好きな短編です。

「開かずの間の怪」は廃病院に肝試しに訪れた一行に襲いかかる、怪現象を推理する話。
上述したテンションの高い江神さんや、ビビるアリスとモチさん、信長こと織田の奮闘が読んでいて楽しい短編。

「ザ・モラトリアム」というべきか、推理研はある意味子どもより全力で子どもしているかもしれない(笑)大学生って多かれ少なかれ、そんなものなのかもしれないけれど。

「二十世紀的誘拐」はモチさん・信長のゼミの教授の家から誘拐された、絵の真相の推理。
謎めいたタイトルの意味が、芸術論につながり犯人の動機につながる。ある意味時代を切り取った短編でもあるのかもしれない。

「除夜を歩く」はモチさんが書いた短編の推理小説の謎を解きつつ、江神さんとアリスが推理小説談義をする話。
モチさんの推理小説がけちょんけちょんに言われているのが可笑しいけれど、それが問題作(?)とも言うべきか、江神さん曰く「本格ミステリが抱える根源的な問題について考えるにはうってつけ」とのことらしく……

モチさんの小説については、犯人当てはアリスに任せたけど、トリックはアリスよりも先にたどり着けました(笑)

そして作中のミステリ論も面白かった。推理小説の祖であるエドガー・アラン・ポーは、一方ですべて理屈で説明しようとする推理小説とは真逆の怪奇やゴシック小説も書いていました。

そんな矛盾の作家から生まれたミステリに込められたもの。有栖川さんの他の著作でもこのあたりは言及があったけど、「除夜を歩く」ではそれはさらに大きな話になって、ある意味ミステリの根幹を揺るがす問題にまでぶち当たります。

そこまで疑いだしたら……と思う反面、ミステリの根源を揺るがしつつも(?)江神さんが限界に挑んだミステリを「最高やないか。素晴らしく人間的で詩的や」と評するあたり、本当に有栖川さんはミステリを愛しているのだな、と感じます。

特に学生アリスシリーズの長編はこだわり抜いた犯人当ての印象が強いので、メタ的な意味でも、有栖川さんの目指しているミステリ像というのが垣間見れるように思います。

あと作中でちらりと言及されたけど、江神さんが書いていると噂される幻のミステリ『赤死館殺人事件』への期待が高まる話でもありました。有栖川さん、作中のモチーフで一冊書いてくれないかなあ。

そしてここでも、江神さんの優しさが顔を覗かせます。この短編の雰囲気もバツグンに良かった。

「蕩尽に関する一考察」
この回でマリアが登場。謎は急に羽振りがよくなった古本屋店主の目的を推理する話。

この短編集の後半からは時系列で言うと、夏休みでの『月光ゲーム』事件以後を描いています。
そして、その事件で傷ついたアリスの回復の話でもあると思うのだけど、それが完了したのがこの短編かも。

殺人事件が起こった後に事件を解決する名探偵のことを、一時「屍肉喰らい」と思うまで墜ちていたアリスが、その名探偵である江神さんの優しさと、推理によって救われていく様子。それと共にマリアのつぶやいた一言も、余韻となって残ります。

シリーズの長編とは趣が違って、日常の謎であったり、あるいはアリスのセンチなところがクローズアップされたりと、そのタイプの違いが面白かった。

また『月光ゲーム』と『孤島パズル』の間の時間を埋める、アリスの再生の物語としてもシリーズ読者としては楽しく読めました。

ミステリアスだった江神さんの優しさが身近に感じられるのも良かった。シリーズ最後の長編と、最終作となる予定の短編集。それを読むときの見方も少し変わってきそうで、早く読みたいと思う反面、シリーズが終わってほしくない、という想いも改めて抱きました。
これは永遠のジレンマだわ……

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ミステリー・サスペンス
感想投稿日 : 2020年7月25日
読了日 : 2020年7月23日
本棚登録日 : 2020年7月23日

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