或る「小倉日記」伝 傑作短編集1 (新潮文庫)

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  • 新潮社 (1965年6月30日発売)
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感想 : 58
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昭和40年に刊行されたこの短編集には昭和28年に芥川賞を取った『或る「小倉日記」伝』などが収められている。
巻末などに初出年月が一切書かれていないのでとても困るのだが、比較的初期の作品ばかりのような気がする。『黒い画集』の諸作よりもエンターテイメント性や情動的な密度が低いように思える。
幾つかの小説は、全く架空の人物をいかにも本物の伝記らしく記述した、虚構の伝記スタイルである。松本清張はこうしたスタイルを得意とし、(比較的初期の頃?)多用したようだ。それぞれリアリティがあるので、虚構と分かっていても面白く読める。
この短編集の最後の方の幾つかは、これらの中では成熟してきているようで、文学的文体から匂い立つ情動が緊密だと感じた。
「もっと先を読みたい」「ページをめくる手がもどかしい」と読者に感じさせるための技巧としては、推理小説やサスペンス小説のようなプロットアイディアに依存した手段もあるが、そうした仕掛けに頼らずとも、文章と情動喚起が織りなす読書時間の緊迫化によって、読者をとらえて離さないような文学技法は可能である。
たとえば太宰治の傑出した独白体小説のいくつかは、そのような緊迫した「時間」を生成し、読者を強力に導くのであって、そこに推理小説の謎解きのような要素は全く不要なのである。
松本清張の文体と鋭い心理描写(人の心のちょっとした機微を的確に迅速に切り出す)もまた、そうした「濃密な読書時間」を形成することが出来るのだろう。
今回この短編集と東野圭吾さんの最初期の短編集を同時に読み比較してみて、清張さすがと思わせられたのは、そのような「時間の充溢」を看取させられたからであった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 文学
感想投稿日 : 2020年9月13日
読了日 : 2020年9月11日
本棚登録日 : 2020年9月11日

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