村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』の中に、大学で生物学を学んでいる主人公が、妊娠中絶手術をしたばかりだという女性と、こんな話をする場面があります。
「何故人は死ぬの?」
「進化してるからさ。個体は進化のエネルギーに耐えることができないから世代交代する。(略)」
これは40年も前の小説で、同じく40年前の、今も大概ですがおそらくは今よりも遥かにもの知らずだった私は、このとてもおしゃれで知的な感じのする答に感心しました。(まー、このころの村上小説の主人公のセリフは、誰としゃべっている時でもおしゃれの塊みたいなものでしたが。)
そして私は、誰かかわいい女の子が僕に同じ質問をしてくれないかなと、いろんな女性ともの欲しげに話をしましたが、文学部で日本文学を専攻していた私には、誰もそんな質問をしてくれませんでした。
今回、東大薬学部出身の筆者が書いた本書を読んでいて、ほぼ同様の表現があり、40年前に村上春樹が書いた内容ははったりだけではないのだと今度も少し感心しました。
もっとも全く同じフレーズというわけではありません。
筆者は、あれこれごにょごにょ私にはよくわからないお話もなさり、で、なぜ人は死ぬのかについて、たぶん3つの答えを説明してくれました。(と、思うのですが、以下の私のまとめは、実は少し自信がありませぬー。)
まず生物の遺伝子の中には自ら死ぬというプログラムがあることを前提とします。(つまりなぜ死ぬのかとは、なぜこんなプログラムがあるのか、ということですね。)
そして最初の理由は、こうです。(たぶん。以下同)
生物は突然変異を進化の原動力としてきたが、そこには望ましくない突然変異も起こりうる。そうした時に必要なのが、「自ら死んでいく力」である。
二つ目の理由。
生物は生きている間日常的に遺伝子に傷を負っている。古い遺伝子には多くの傷が変異として蓄積しているが、これが新しい遺伝子と組み合わされると、その変異が引き継がれてしまう。この危険回避のためにあるのが、古くなった遺伝子をそれを持つ個体ごと消去する(=死)ことである。
そして三つ目の理由。
有利な突然変異を持つ個体が生まれたとき、古い個体が残っているとせっかくの好ましい変異が元の遺伝子と合体して薄まってしまうことになりかねない。それを避けるためにはやはり、古くなった遺伝子をその個体ごと消去する(=死)ことが有効である。
以上。私がざっくりまとめてみましたが、いかがでしょう。
『風の歌を聴け』の主人公と同じことを言っているように私は思ったのですが、そうでもないのかな。
本書だけでなく、理系の方の優れた科学的なお話を読んでいますと、突き詰めた理屈のその先にふっと、突然詩的な空間が広がっているように感じられ、その現れる瞬間がなんとも、気持ちのいいものですね。
- 感想投稿日 : 2023年1月17日
- 読了日 : 2023年1月17日
- 本棚登録日 : 2023年1月17日
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