あなたの人生の物語

  • 早川書房 (2012年8月25日発売)
3.87
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本棚登録 : 916
感想 : 81
5

テッド・チャンによる初の短篇集。初にしてスターになっただけのことはある。
文章が洗練されていてスタイリッシュで、SFというより純文学のような落ち着きがありながらも、設定がしっかりSFとしている。SFは設定が9割だと思っているけど、その点ここに収録されている短篇はどれもかなり個性的な世界観。

「バビロンの塔」 ★★★★☆
• 旧約聖書に基づいたSF。てっぺんが見えないほどの巨塔に登る鉱夫ヒラルムの物語。読んでいるだけでその過酷さが伝わってきて辛い。

「理解」 ★★★★★
• ホルモン治療の副作用によって、知能が向上した男、グレコ。自分に投薬を行った組織をいとも簡単に欺き、逃走。しかし、そのような人間は自分だけだと思っていたが、実はもうひとり同じ境遇の人間レイノルズの存在に気付く。2人の目指すところを合致せず、想像を超えるバトルが始まる。最後は、レイノルズがグレコに仕込んだ自己破壊のプログラムを、記憶というトリガーによって発動し、グレコは破れる。
• と、あらすじを説明していても何を言ってるかわからない感があるほどの著者の想像力。通常の人類を遥かに超える知能を得た場合、人は何を目指すのか。

「ゼロで割る」 ★★★★★
• レネーは若くして大きな成果を出した実績ある数学者だったが、ある時、数学の存在自体が否定されるような矛盾を証明してしまい、数学者として世界が崩れ去るように精神に異常をきたし、自殺未遂を図った。
• その夫のカールも20年前に自殺未遂をしている(学生の頃)。自殺未遂の後、精神病棟退院してから、ローラと出会い、感情移入することを学んだ。
• カールは感情移入することに長け、その自負もあったが、カールにはレネーの感情がわからないことがあった。それはカールがレネーに惹かれた理由でもあったし、悩みの原因でもあった。
• 正直、初めて読んだときは「ちょっと何言ってるかわからない」状態だったけど、なぜか名作の匂いがぷんぷんするので、読み直したところでやっと理解ができた。時系列的には3から最後の9章まで読み、次に1、2を読むほうが理解しやすいだろう。ちなみに、aはレネーの物語。bはカールの物語。(6だけは2人が一緒にいるシーンだが)

「あなたの人生の物語」 ★★★★★
• 本作を原作とする映画『メッセージ (原題: Arrival)』を先に観ていて、オチは知っていたので驚きはなかったけど、SF的な斬新さに満ちていて、幸せなムードも心地よくて、大変な名作だと思う。地球外生命体ヘプタポッドの言語を紐解いていく過程も面白いし、その言語を習得することで過去・未来を見渡すという能力も獲得していくという設定が凄まじい。小説的に言うと、未来のシーンが定期的に挟み込まれていた意味が最後にわかる (ルイーズは言語を獲得しながら、未来が見えるようになっていた)
• 一箇所だけ、翻訳者の人、やっちまったなと思うところがある。それは、言語学者であるルイーズが「とんでもありません」と言うセリフで、これは典型的な間違った敬語。一方で、別のシーンでは仕事仲間が「ぜんぜんすごい」と言った時にルイーズがその文法的な誤りをツッコミシーンするあるだけに、言語的なミスはあってはならなかったはず。

「七十二文字」 ★★★★☆
• だいぶ難解かつグロテスクな部分もあり、読むのは大変だけど、独自の世界観の中で、人類の種としての存続の危機から世界を救うという壮大なテーマに挑む物語でもある。
• 名辞とは、人形に命を与える七十二文字が書かれた紙。人類は、あと5世代のうちに絶滅する運命にある。命名学によって人類を繁殖させようと試みる。

「人類科学の進化」 ★★★★☆
• 人類と超人類が共存していて、超人類の科学力は人類のそれを遙かに凌駕していて人類には理解不能なレベル(至っていて、そのために人類の中では超人類の科学を理解しようという学問が流行る…
• 科学雑誌『ネイチャー』への寄稿だそうで。SFの設定メモのように短い短篇だけど、ユニークで面白い。

「地獄とは神の不在なり」 ★★★★☆
• 天使が本当に降臨したり、地獄が見えたりする世の中で、信仰心というものをテーマにしたSF。

「顔の美醜について」 ★★★☆☆
• カリー(美醜失認処理)を施すことによって、人の容貌に対する美醜の感覚を失う処置の是非を議論するドキュメンタリー、という体裁を取ったSF短篇。物語的要素が少ない分、少々物足りないけど、最後にどんでん返しもあり面白い。(カリー反対派の素晴らしいスピーチによって多くの人が考えを改めたが、そのスピーチもまた加工されたものであり、受け手の受け取り方を操作したものであった)

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: フィクション
感想投稿日 : 2020年6月29日
読了日 : 2020年6月25日
本棚登録日 : 2020年6月25日

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