翻訳家・岸本佐知子さん編+訳の短篇集。「イヤ」「さすがヘン」という素晴らしい評判も聞きつつ、発売日に買って積読にしておりました。地味ながらお洒落な装丁。
最初のブライアン・エヴンソン『ヘベはジャリを殺す』から、傷と痛みをともなうイヤな感じで物語が進む。淡々と、傷と痛みをともないつつ、それは二人の間では決まり切ったルールなのか、なんか甘やかさもあったりして、そこが不思議な感覚。以前読んだレベッカ・ブラウン『私たちがやったこと』(柴田元幸編訳『むずかしい愛』所収)に通じる感覚ながら、ドライな残酷さがもっと軽やかに描かれているような気がした。舞台ががらんとした(と思う)部屋で、小道具がタキシードやらチケットやらと、なんだか無機質でスタイリッシュなのが効果を上げてるのかもしれない。
どの短編も、お約束のストーリー展開を反故にして、ゆるゆると「居心地の悪い」方向に物語が転がっていきます。ただ、意外でイヤ感はありながら、それは決して下品なゲテモノセレクトでなく、クリーンでそこはかとない知的なおかしみが漂う、そんな小説を岸本さんが選んでくださっているような気がする。人間の喜怒哀楽をつぶさにとらえた小説ばかりを選べば、「繊細な感覚を持っている」と評されるのはたやすいものだけれど、岸本さんは、そこ以外の要素をとらえるのに長けた、とても繊細な感覚の読み手だと思う。いつものとおりの明晰すぎる「訳者あとがき」では、岸本さんの読書に対するお考えのひとつが提示されており、こちらも愉しいです。
個人的に好きなのは、先の『ヘベは―』と、ジュディ・バドニッツ『来訪者』、ジョイス・キャロル・オーツ『やあ! やってるかい!』。『来訪者』は落語『鷺とり』を彷彿とさせるものの、ハイウェイがらみのダークなイヤ加減がアメリカン・ホラー。『やあ―』は、だらだら書きの文章の裏に隠れた、シャープな物語の運びが面白いと思いました。
読書に「ほっこり」「泣ける」「共感」を求めるかたには断固としておすすめいたしません(笑)が、苦みやえぐみを味わう読書もまた愉しいかと思いますので、この☆の数です。
- 感想投稿日 : 2012年5月9日
- 読了日 : 2012年5月9日
- 本棚登録日 : 2012年3月27日
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