キャパの十字架

著者 :
  • 文藝春秋 (2013年2月19日発売)
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感想 : 129
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雑誌連載もちらちら読んでいたし、先日放映されたNHKスペシャルも観たので、スルーしようかと思っていたものの、やっぱり「完全版」として読んでみないとな…と手に取りました。

戦争写真家としてあまりにも有名なロバート・キャパ。彼を世界のトップに押し上げた作品に、スペイン内戦で撮影された『崩れ落ちる兵士』という作品がある。でも、この写真に関して、キャパ自身が生前語ったことはきわめて少ない。それは何ゆえなのか、とキャパにひかれ続けて数十年という、沢木さんが突き詰めていくノンフィクション。

読んでいて感じたことはいろいろあるけれど、主なものを箇条書きで。

・「写真は嘘をつく」ということ。これは、「モデルの兵士は撃たれて崩れ落ちたのではない」という説を唱えた研究者の実体験からきている。彼は同じスペイン内戦で、家族とともに写真を撮られた経験があり、それにいろいろなキャプションがつけられて、自分の身にまったく覚えのない悲劇の物語として拡散していく過程をつぶさに見ている。写真は真実も映すが、写真家の意図と掲載メディアの意図のさじ加減でどんな風にも扱われる。見事な写真になればなるほど、その効果は大きい。

・伝説に乗っかり、また伝説ができるということ。「あの撃たれて死んだ兵士は私の家族だよ」という人間が出現する。それも悪意ではなくて。自然な思いこみもあるだろうし、時として喜んで演じることもあるし。

・おおかたのキャパ研究や評伝では、この本で触れることに明快に言及しているものはあまりない(感じ)。生前の彼に近ければ近いほど書きにくい、ということかもしれない。それと、これまでのそういった著作で全般的にいえるのは、当時公私ともにパートナーだった女性、ゲルダ・タローの技量と能力が過小評価されすぎているのではないかということ。男女のペアではいつでもどこでも、「支える女性、もしくはマスコットガール」が好まれ、その範疇を超えればノーサンキューということか。

・実戦時の写真かどうか意見を聞くために、関連する写真を大岡昇平に見せた時の、彼の即答の鮮やかさ。

「好き」という言葉でくくるのは違うような気がするけれど、非常に気になる対象を長年ウォッチし、同意する点、引っかかる点について検証を展開する材料を集め、臨界点に達した時点で一気に作品にまとめ上げる、沢木さんの高揚感がこちらにも伝わってきてぞくぞくする。そのうえ、膨大な資料と取材データをこのページ数で切れよくコンパクトに仕上げた手腕に、ただただ感心してしまう。普通に時系列で自分の行ったことを書いたら、あれもこれもと盛り込みすぎて、余裕で2段組み上下巻の大ボリューム本として、読むのに勇気と根気の必要な本、あるいは「枕本」になったのは間違いない。それでも、沢木作品のファンなら、やっぱり読んでしまったかしら。

キャパがこの写真の背景に関して、十字架を背負っていると感じていたかどうかはまったくわからない。大げさなタイトルのような気もするが、カメラマン人生の初回に放ってしまった大ホームランともいえる、この写真以上のホームランをかっ飛ばそうとして晩年まで苦慮していたのはたしかだと思う。彼が刷ったという名刺のエピソードには、場違いながら『ティファニーで朝食を』のホリーの名刺に漂う洒落っ気やダンディズムを感じたと同時に、彼の自嘲と行き詰まりもうっすら感じてしまった。

造本も紙質もページレイアウトも美しいけれど、私の読んだ初版(2013年2月)では、88ページの図版が上下で入れ替わっているので、増刷(してるよね、たぶん)分では直っていてほしいと思う。

読後少しして、本題とは関係なく、小さく記された英題の「すわりがよくないなあ」とふと感じて、英和辞典を繰ってみた。個人的にはちょっと舌足らずな直訳に思ったものの、crossには俗語として別の意味があるのを知って、「まあ、これでもいいかなあ」と引っ込めた。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクションも好き
感想投稿日 : 2013年4月28日
読了日 : 2013年4月28日
本棚登録日 : 2013年4月25日

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