樹上の銀 (fantasy classics 闇の戦い 4)

  • 評論社 (2007年3月1日発売)
3.75
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本棚登録 : 85
感想 : 10
4

荻原規子さんが自著に「樹上のゆりかご」とつけたのはこの本にちなんで、というのは荻原さんがブログで書かれていたんだったか後書きで書かれていたんだったか。ということで闇の戦いシリーズ完結編。

本来★5つつけたいところだが、あともうちょっと感に★をひとつ削ってしまうところが切ない。この本を初読した時はウィルとそう変わらなかったが、大人になって再読するとまた印象が変わるのだ。

このシリーズは「子ども達による宝探し」というイギリス児童文学お得意のテーマが第一なのだけど、再読するとそれがあまりに各巻せわしなく、またR.P.G.ゲームのアイテムゲットのような印象をも受ける。
それに加えて「世界の裏側にはとある超自然的な力を駆使する組織があり、この世界を守るために日夜人知れず戦っている」というヤングアダルトにはたまらない設定と、「古い伝承はただの伝説ではなく全てその組織の活動とつながっている」という伝奇設定まではいっている。

子どもの頃は夢中で読んだし、よく意味の分からない詩(それも少しずつ明かされていく)を書き抜いたり、作中に登場する伝承について派生読書をしたり、地図帳で地名を調べあげたりと(今でもバッキンガムシャーという地名にはノスタルジーがつきまとう)かなり「嵌った」。
訳者の浅羽莢子さんによるあとがきで指摘される非情さについても、当時は「だってこれは戦いなんだからしょうがない」と思っていた。

が、しかし。
いい大人になった身で読んでみて、浅羽さんの仰ったことがよく分かった。
「これだけヤングアダルトの心を惹きつける魅力のある作品ならば、もっと人間の善良さ・優しさ・強さについても訴えかけて欲しかった」と今更ながら思うのだ。
このシリーズではほとんどの箇所で人間を弱く劣ったものとして書いている。とってつけたようなフォローが入るけれど、最終的に物事を決するのは<光>であり<古老>である。ここにはトールキン「指輪物語」にあるような「弱さこそが強さである」という逆転の爽快さもない。ジョン・ローランズのための老婦人の選択にも異論を唱えたい。

またキャラ設定もいまいち弱い。特にドルー三兄弟。にぎやかしのようにあっちこっち走り回ったり脅されたり助けられたりするけど、「コーンウォールの聖杯」一冊だけならともかくとして、この三人のソロパートが弱い。(まあウィルとブラァンだけでは特殊すぎる設定から読者である少年少女の共感を呼びにくいとか、元々シリーズにするつもりじゃなかったとか、そのあたりの事情もあるだろうとは思うけど。)
対してブラァンは普通さと対極にあるものの、ウィルや自分の過去とぶつかって成長していく「灰色の王」での姿が、人間の弱さ・どうしようもなさの先にある何か言葉にできない感情をかきたてる。ブラァンのキャラが立ちすぎてシリーズ主役であるウィルを食ってるが、話としては「灰色の王」が一番深みがある。
ウィルは、初読時に一番共感して読んだキャラクターでもあるのだけど、今となってはそれが「ごく普通の子どもであると思っていた自分が、実は特殊な力を持つ選ばれた人間で使命を帯びていて、周囲にはそれを知られることがない」という子どもらしい願望をくすぐる設定であることが見えて、素直に共感しながら読めなくなった。(んで、大人目線で「もっと子どもらしくてもいいのにな」などと勝手なことを思う。)
浅羽さんはメリマンの良さを捜すのに苦労した、と書かれていたけれど、メリマンは魅力があってもなくても多分子どもにとっては関係ないんじゃないかと思う。子どもの頃も、大人になって読んでも、メリマンはメリマンで、あるがままでいいと思った。神話の登場人物のように、こちらには分からない理屈で動いている人物だという印象。

――だらだらと書いてきたけれど、それでもなお、このシリーズに(特にヤングアダルト向けの)魅力があることは間違いない。
今回の再読で、このシリーズをきっかけにイギリス伝承やケルトについて調べたり、実際にイギリスを訪れたという仲間が多くいることを知って嬉しかった。人生のいい時期にこのシリーズに出会えたことを幸運に思う。

蛇足になるけど、初読の謎は今回も解けなかった。
・結局、老婦人ってブリタニアとは違うのか?(しかしイギリスを擬人化した女神ブリタニアにスーザンと似た異名はない)
・あの青緑色の石は何だったんだ?

この本に出てきた「夏の晩になると海の中で鳴るっていう、アベルダヴィの幽霊鐘」の話は、先日読んだ「中世の窓から」に出てきた『湖や地中に沈んだ鐘のモチーフは古伝説のなかに数多く残る』というエピソードと関連していると思われる。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ファンタジー・SF小説
感想投稿日 : 2012年1月15日
読了日 : 2012年1月15日
本棚登録日 : 2012年1月15日

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