広重 名所江戸百景/秘蔵 岩崎コレクション

  • 小学館 (2007年7月28日発売)
4.40
  • (6)
  • (2)
  • (2)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 28
感想 : 6
5

名所江戸百景。幕末の浮世絵師、歌川広重最晩年の連作である。
人気の作であり、出回っているものは数多いが、意外にも揃い物として全作品が伝わる例は少ない。特に初摺りと呼ばれる最初期に摺られた作品が、一揃いで装幀のまま残るのは、「岩崎本」と「東洋文庫本」の2つのみという。
本書はこのうち、「岩崎本」を元にした大型本である。大胆な構図の広重の作品が、美麗な色彩で楽しめる。収録作は「名所江戸百景」に加え、「近江八景」、二代広重の肉筆画、そして刊行直前になくなった広重の死絵(肖像画)、凝った意匠の目録もある。
江戸百景に収められた名所図は併せて119枚。プラス19枚のお得感も楽しい。
四季に分けられ、春夏秋冬の順に並べられている。

清水の舞台にしろ、天橋立にしろ、いわゆる景色のよい場所にいったとき、人がふわぁーと感動を覚えるのは広々とした眺望の遥かさだろう。「名所江戸百景」には、まるで名所に行ったときの「胸のすく」思いを追体験させるような鳥瞰図が数多い。「両国花火」や「よし原日本堤」、「南品川鮫洲海岸」などがこうしたものの一例だ。
それに加えて広重の「江戸百景」に特徴的なのは、近景のものをばーんと手前に大きく描き、その向こう側に広がる景色を配した形のものが多いことだろう。よく知られる、「亀戸梅屋敷」や「深川洲崎十万坪」はこうしたものの筆頭格といえるだろう。「深川万年橋」もここに入ろうか。近景で目を惹きつけ、広がる奥行きに爽快さを感じさせる、大胆で天晴れな構成である。

刊行開始は安政3年。前年に起きた安政の大地震の傷がまだ癒えぬころである。かてて加えて、時は動乱の幕末期。黒船が来て下田総領事館が開かれ、世の中が激変していく中、しかし、広重が描いたのは「古き良き」江戸である。
「深川万年橋」のカメ(イシガメだろうか?)は、生きもの供養の放生会(ほうじょうえ)で放されるもの。「金杉橋芝浦」の行列は日蓮宗の人々が祭式に向かうさま。「虎の門外あふひ坂」の寒そうな親子は金比羅社への寒参りの最中なのだという。
時代に生きた人々の息づかいが聞こえそうでもある。

広重ブルーと呼ばれるベロ藍の美しさ。あてなしぼかしや布目摺、空摺といった、熟練の摺師たちの技術に唸らされる。大型本ならではの味わいだろう。
美麗な絵はもちろんだが、各作品の簡潔にして的確な説明、広重の略伝、岩崎本を含む「名所江戸百景」自体の成立の過程、各名所の地図上の位置、「名所江戸百景」に影響を受けた海外の画家たち、浮世絵に関する用語解説とかゆいところに手が届く作り。
すばらしいのひと言である。

広重の辞世の歌は:

東路へ筆をのこして
旅のそら
西のみ国の
名どころを
見む


コレラに倒れたとも言われる「名所江戸百景」製作途中での62歳での死は無念であったことだろう。
携えた東路の名所図は、西方浄土の仏の目をも楽しませただろうか。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 美術
感想投稿日 : 2014年8月31日
読了日 : 2014年8月31日
本棚登録日 : 2014年1月8日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする