人間社会を「現実世界」と「仮想世界」に分類する。「仮想世界」とは、本来は各個人の脳内に存在する認識の世界であり、読書をして想像力を膨らませたり、全能な自分を妄想したり、夜食べるものを考えてお金の試算をするような、イメージの世界である。個人の範囲にあるはずのこの「仮想世界」がインターネットによって繋がり、認識が共有され、絶大な影響力を持ちつつある。やがて、現実世界と仮想世界も認識だけではなく、実物への繋がりを強め境目は無くなっていく。その時、力を強め共有された仮想世界は、国や法、政治、軍や戦争、宗教などの既存の認知にどのような影響を齎すのか。
迫りくる新たな秩序とは?
『全能エミュレータ』ほどAIに特化した遠い未来ではなく、タイトルに未来と書いてはいるものの、最早、今の話であり、臨場感のある示唆的内容が多い。戦争にはサイバー攻撃が既に盛んに取り入れられ、現実世界でミサイルを打ち込まれれば大問題だが、現実の打撃とは区分した仮想世界の不確かな秩序として、中国が米国にサイバー攻撃を仕掛けている。或いは、仮想世界が国境を越えて繋がる事で、イスラム圏における女性の写真の扱い、日本におけるモザイク処理の無意味化、中国における自国思想教育の反論など、無政府地帯化してしまう。制限が必要か否か。
また、仮想世界の認知が齎す危うさの象徴として。94年のルワンダ虐殺を引いている。これは本著の示唆においては素晴らしくマッチした説明だと思った。つまり、当時ラジオ局を有したフツ民族が大量のプロパガンダや扇動発言により、ツチ族の虐殺を煽り、氏名、住所まで放送した。ラジオとインターネットの違いはあれど、このような危険性は常に付き纏う。インターネットでも特定行為やネットリンチを目にする。本著に記載がない事で二つ。一つは、この民族対立は白人が仕掛けたものであるが。もう一つは、既にこうした分断は、インターネットで境界知能に該当する人のリスト、そうした対象者のレコメンド枠のような形で売り買いされ、利用され始めている。
逸れたが、斯様な示唆に富んだ名著。
- 感想投稿日 : 2022年8月11日
- 読了日 : 2022年8月11日
- 本棚登録日 : 2022年8月11日
みんなの感想をみる