ぼくが電話をかけている場所 (中公文庫 C 30)

  • 中央公論新社 (1986年1月1日発売)
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感想 : 34
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村上春樹、という小説家に興味を持たなかったのならば、レイモンド・カーヴァーのこの作品を手に取ることも、生涯無かったのだろうなあ、そう思うと、元々の作者であるレイモンド・カーヴァーさんには、申し訳ない気がします。

日本という国に生まれて、日本語を母国語として使っている以上、まずやっぱり、日本語で書く作家を好きになるのが自然な成り行きでしょうし、そのなかで、村上春樹という作家を好きになり、その村上春樹が好きであろう、好きすぎるが故に自ら翻訳までしちゃうくらいな、日本語でない他言語で本を書いている、レイモンド・カーヴァーという人物の著作に興味を抱くのは、まあ、必然なんだろうなあ、と、思う次第です。

この作品、面白いか?と問われるならば、正直に申し上げて、「うーん、、、よおわからん」という感想になってしまうのは、誠に申し訳ないです。うん、よおわからん小説でした。面白いのか面白くないのかも、深いのかもそれほど内容について考えんで悩まんでいいのかも、よおわからん。「ふーむ、、、ふむ、ふむうー、、、うん、ふむう」という感想しか、無い。そうとしか思えない。どうしたらいいんだろう?謎です。でも、まあ、困るのは、読んでいる自分だけなので、そらもう、どうでも良い悩みであり困りであり、という感じでしょうか。

例えるならば、とあるミュージシャンがいて、自分はそのミュージシャンが、物凄く好きで、そのミュージシャンのCDはほとんど持っていて、ほとんど愛聴している、気がする。としましょう。

で、その敬愛するミュージシャンが、「僕はこんな音楽が好きなんですよね~。このミュージシャンが好きなんですよね~」と、とある雑誌のインタビューで語っていた。

そらもう、そのミュージシャンのファンである自分としては、そのミュージシャンが敬愛するところの、別のミュージシャンの作品も、聴いてみたい!って思うやないですか。「あの人が好きなモノは全て知ってみたい!」って思うやないですか。人情として、そう思うやないですか。で、ドキドキしながら、そのミュージシャンが敬愛する別のミュージシャンのCDを聴いてみたら、

「うーむ?うむ?なんだか、この作品は、、、自分には、よおわからん、、、」

と、途方に暮れる、あの感じ。それを、村上春樹さんが訳す、外国の作家の作品には、いつも感じます。何故に、村上春樹さんが好きな自分は、村上春樹さんが訳す、村上春樹さんが大好きであろう、外国の作家の作品が、そこまでピンとこないのだろう?謎だ。本当に謎です、うん。

「出かけるって女たちに言ってくるよ」
は、なんといいますか、無茶苦茶、怖いですね。これはもう、怖い。人間という存在の持つ狂気を、間違いなく、描いている気がします。ジェリー・ロバーツは、あの女の子二人を、石で、殴り殺した、ということ?なんですよね?何故にそれに至ったか?ということは、一切言及せずに、「その雰囲気だけ」を、ひしひしと、感じさせる、あの感じ。怖い。怖いわあ~。ジェリーは、どこに「でかけた」のか?決して帰ってくることのできない場所に、でかけてしまったんだろうなあ。ビルは、女たち(妻と、親友のジェリーの妻)に「ちょっといってくるよ」って、言った時は、直ぐに帰ってくるつもりだったのだろうに。まさか、あんなことになるなんて、想像だにしていなかっただろうに。怖い。怖すぎます。

あと、この作品、1983年?に、日本語版が刊行されているようなのですが、2018年現在からすると、38年前?とんでもねえ大昔だなあ。でも、インターネットも携帯電話もスマホもパソコンも無い筈の時代の作品のハズなのに、一切、古さを感じさせないのは、どーゆーこっちゃ?とかね、驚異に思いますね。何故に古びないのだ。「だっさー、ふっるー、時代遅れやっちゅーの」という感じは、一切感じませんでした。凄いですねえ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2018年3月5日
読了日 : 2018年3月5日
本棚登録日 : 2018年3月5日

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