ただの人の人生 (文春文庫 せ 3-4)

著者 :
  • 文藝春秋 (1997年7月1日発売)
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感想 : 7
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関川夏央は好きな作家の一人である。1949年11月生まれというから、現在72歳になる。私が関川夏央を読み始めたのは「海峡を越えたホームラン」くらいからなので、相当に前の話である。以来、かなりの数の著作を読んできた。発表する作品の数は減ってきた気がするが、人間晩年図巻の最新作は2021年12月の発行なので、まだまだ現役の作家だ。
この"「ただの人」の人生”は、「文學界」という雑誌の1991年2月号から1992年12月号まで連載されていたものに加筆をし、再構成したものである。かなり以前の文学者、例えば、夏目漱石や石川啄木のことを書いてあるものがあったり、自分の家族や知人のことが題材となっていたりするエッセイが20編ほど集められている。
それらも面白いのであるが、これらのエッセイが書かれた、おおよそ30年前と現在の違いが分かるエッセイも面白く読んだ。「中国の練り歯磨きで歯を磨く」と題されたエッセイは、それにあたる。中国の青島近辺に、中国資本の会社と、歯磨きの合弁会社をつくった日本人経営者、そこで働く日本人、あるいは、そもそもの中国で会社をつくったり、働いたり、暮らしたりすることについてを題材にしたエッセイである。上海や深圳ではなく青島の、それもその郊外での出来事であるということを考慮にいれても、その当時の中国の(少なくともエッセイの舞台になっているあたりの)産業の後進性が、そのエッセイには描かれている。30年間で国全体の経済規模は逆転した。ばかりではなく、例えば国全体のIT化の状態、大学教育のレベル、学術論文の質と数、等、国の競争力を左右する多くの分野で既に日本は中国の後塵を拝しており、実態としては、現在ではこのようなエッセイが成立する余地はなくなってしまっている。
関川夏央の書く文章は独特の味わいがある。それは、やや自虐的な内容を含むときに、更に味わい深いものになるように、私には思える。一度、「30年後の青島」という題名でエッセイを書いてもらえないか、等と思ったりしながら読んだ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2022年8月15日
読了日 : 2022年8月15日
本棚登録日 : 2022年8月14日

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