クルーグマン教授の経済入門 (ちくま学芸文庫 ク 17-2)

  • 筑摩書房 (2009年4月8日発売)
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経済にとって大切なことは、生産性、所得分配、そして失業の3つだけである。当然ながら、いずれもゼロにしようというのではなく、一定の範囲で収めようということにはなるが、これらが安定的かつ望ましい範囲に収まることが、よい経済をつくるために必要な条件である。

インフレや貿易赤字、財政赤字などは、前述の3つの問題にくらべれば大きな問題を引き起こすわけではない。

インフレはある程度の範囲に収まっているうちは雇用や消費に大きな影響を与えないし、貿易赤字も国内の消費や投資に占める割合は実はそれほど大きくなく、影響も限定的である。

財政赤字は、国の総貯蓄の低下につながる。そして貿易赤字を減らそうとするなら、財政赤字を削減しなければならない。ただし、そのために様々な議論が行われているが、経済に与えるインパクトはこれも限定的である。

本書が書かれた当時はアメリカ経済は停滞し、のちにIT経済などと呼ばれるような成長はまだ明確になっていなかった。さらには所得格差も広がり続けていた。そのような状況の中で、ドル政策や保護貿易にかまけているのではなく、生産性をなんとか改善し、所得分配と失業の拡大を抑え込むべきという点に焦点を絞ったというのは、慧眼であったのだと思う。

感銘を受けたのは、筆者が経済指標を改善する(GDP成長率を上げるとか、物価水準を安定させるとか)という点からではなく、社会が安定的で公正な状態を保つために大切だという視点から、これらの議論を展開しているということである。

「成長性、所得分配、失業」の3つが大切な理由は、それが経済指標との関連性が高いからではなく(もちろん関連性は高いが)、人々の生活の改善との関連性が高いからである。

経済指標を改善するための経済・財政政策や、実は生活に一番影響を与えているものではない部分をスケープゴートにした規制、政府支出が繰り返されがちな現状の中で、そういった視座、筆致で経済のことを考える筆者の姿勢は、大切なことであると感じた。

同じく、本書には付録として日本経済を分析した論文が掲載されている。1998年の時点でインフレターゲット論を展開したということは、今の時点から振り返ってみると相当な先見の明であり、改めて読み返してみると、その後約15年ほどの議論を批判的に振り返るためにも有益であった。

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感想投稿日 : 2020年10月31日
読了日 : 2020年10月29日
本棚登録日 : 2020年10月19日

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