私はかれこれ5年以上ロシア語と関わってきたが、数あるロシア語単語のなかでも"пустота"は大のお気に入りである。なぜか。なぜなら、この語は「空虚」なんていう深遠で哲学的な意味を持っているにもかかわらず、発音が「プスタター」と、まるで屁のようにまぬけだからである。このギャップが大好きなのだ。
そして原題にこの「プスタター」(注:邦訳の本文中では、日本語転写の慣例で「プストタ」と表記されている)が含まれているのが本書(原題:Чапаев и Пустота チャパーエフ イ プスタター)。ということで、期待を胸に読み始めたのである。
物語の舞台は「2つ」ある。ロシア革命直後の1918年のロシアと、現代ロシアである。語り手は「ピョートル・空虚(プスタター)」という奇妙な名字の持ち主で、彼の語りの中で、夢とも現実ともつかない「2つ」の世界が入れ替わり立ち替わり現れる。ピョートル・空虚は、1918年の世界ではチャパーエフという赤軍の指揮官との奇妙な行軍を繰り広げ、現代ロシアの世界では精神病院の患者として他の入院患者の妄想に飲み込まれ(?)ながら生活している。この2つの世界は相互に関連している、ということが徐々に明かされ、最終的には大カタルシスへ向かう。
以上が、私がまとめられる精一杯のあらすじである。
上を読む限り、何か深刻で鬱々とし、難解な小説なのでは、と思われるかもしれない。確かに、ロシア文学特有の(いわばドストエフスキー的な)そういった雰囲気はベースにはあるが、本書の場合はそれを逆手にとるかのように絶妙に、ユーモラスでもあるのだ。そう、まさに私が単語「プスタター」に対して抱いていたイメージと、ぴったり重なるのである。
具体的にどういったところが、と聞かれても答えられないし、答えるべきでもないだろう。訳者の三浦氏も、巻末の解説では具体的な物語の説明については「知らない方が楽しめるようになっているので、未読の方は本文にお進みいただければ幸い」と匙を投げているわけだし。まずは、そう、読んでみましょう(笑)。その手のものに抵抗の無い読者であれば、ドラッグ的なイメージの連鎖に、ぐいぐいと引きつけられて読み進めてしまうと思う。
本書を読んだからといって、別に教養がつくわけでも、感動や生きる力を得られるわけでもない。読書にそういったものを求める人には向かない一冊かも。
じゃあ、お前は?ああ、私は満足ですよ。少なくとも「空虚(プスタター)」さんと少し仲良くなれた気がしますから。
(ちなみに、一番最初の英文の元ネタは、Simon&Garfunkle の名曲 The Sound of Silence の歌詞ね)
- 感想投稿日 : 2012年8月12日
- 読了日 : 2012年8月7日
- 本棚登録日 : 2012年8月12日
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