冬の犬 (新潮クレスト・ブックス)

  • 新潮社 (2004年1月30日発売)
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感想 : 60
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冬の季節に、もう一度読もうと決めていた。凛としたマクラウドの文章に相応しい気がして。
もちろん穏やかな関東の冬晴れは、カナダの凍える寒さとは比ぶべくもないのだけれども。

“当時のことについては、はまるで昨日のことのように懐かしく思い出される。それでも自分がどのくらい当時のままの声で話し、どれくらいそれ以降の大人になった声で話すのか、よくわからない。クリスマスは過去と現在の両方が混在する時間であり、この二つはだいたい不完全に混じりあっているからだ。その時点での「現在」に足を踏み入れながら、大抵の場合、後ろを振りかえっているのである。”

『すべのものに季節がある』の冒頭に記されたこの言葉は、クリスマスに限らずマクラウドの短編のすべてに当てはまるだろう。
子供時代の思い出が、祖父母が暮らし父母が受け継いだ土地のにおいと景色が、ゲール語の歌に残る大西洋を隔てた遠いスコットランドハイランドの記憶が、そのすべてがありありと目に浮かび、季節と共に繰り返し繰り返し続いていくように思えながらも、時代は移ろいそのときには二度と戻ることは叶わないことが同時にわかっているー深い喪失の痛みが胸に沁みてくる。

ケープ・ブレトン島を舞台に描かれるのは牧歌的な理想郷ではない。貧しく、過酷な労働の日々を誠実に生きる家族の暮らしだ。
マクラウドは最後の語り部として、遠く離れた愛する故郷と、そこに生きる人々を書き記しておきたかったのだろう。

『クリアランス』で、変わりゆく時代に抗うではなくとも“俺たちは、こんなことになるために生まれてきたんじゃない”と呟き、遠きスコットランドの地で出会った友の言葉を胸に決然と一歩を踏み出す老人に湧き上がる誇り。
『完璧なる調和』で、金のために伝統を曲げた歌でコンサートステージに出ようとする若い荒くれ者たちと向き合い、彼らの中にこそハイランダーの勇猛果敢な祖先の血が流れていると感じる、最後の歌い手の胸に浮かぶ思い。
そして不意に放たれる“あのさ、俺たち、わかってるから。わかってる。みんなちゃんとわかってるから”という、言葉。
一つの時代は幕を下ろすとも、つながっていくものも確かにあるのだ。


読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2024年1月6日
読了日 : 2024年1月6日
本棚登録日 : 2023年1月11日

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