片目のジャック(♀)と出会ったのは、
僕がまた兵庫県西宮市に住んでいた頃だった。
ジャックは公園に住む黒猫の野良で、
噂によると、生まれたばかりの子猫の時に
人間に虐待をうけて
その時の傷で片方の目がなくなってしまったのだという。
僕はまだその頃、現役のプロボクサーだったので、
朝のロードワークのついでにこっそり猫缶をあげていて、
初めは警戒心あらわにしていたジャックとも、
いつの間にか仲良くなっていた。
自分でもどうしたらいいのかは
分からなかったけれど、
愛される喜びを知らない彼女が
幼い頃の自分自身とダブって
ほっとけない気持ちになったのかもしれない。
けれど、ジャックは猫とは思えないくらい、
本当に優しくていい子だった。
いつも僕が座るベンチを
僕が餌を持ってくるまでの間に
必ずあたためててくれたし、
僕がロードワークを終えて帰るときには公園から駅まで着いてきて
必ず見送ってくれた。
(縄張りがあり自分のテリトリー以外の場所には決して行かない野良猫の習性を考えるとこれは本当に珍しいことだ)
ジャックの辞書には『諦め』や『妥協』の二文字はない。
片目などもろともせず、
いつも狙いを定めてハトやカラスを捕まえようと
躍起してるし(笑)、
自分のエサを狙う、敵うハズのない大型のカラスにも
木の上に登り大ジャンプして応戦する。
そう、僕は、ジャックに恋していたのだ。
どんな時も決して諦めない姿勢と
辛い、楽しいで運命や物事を捉えるのではなく、
起こりうるありのままを受け入れて、
人生を精一杯、楽しむ心。
ジャックは、
いつか空も飛べると思っていたはずだ。
佐野洋子の名作絵本『100万回生きたねこ』に捧げられた、
人気作家13人による、トリビュート短編集『100万分の1回のねこ』を
僕は片目のジャックや愛猫であったヤミクロを思いだしながら、
文字通り泣き笑いで読んだ。
(忙しいことだ)
両親を幼い頃に亡くし、花屋を営む優しい叔母さん夫妻に育てられた女の子。
生きる気まんまんの女の子は
百万回生きたトラ猫の話を教訓に
「生きるために誰も好きにならないわ」と決め、実践してゆく。
やがて年頃の美しい娘に成長した彼女は孤独であり続けるために
ぞっとするような顔つきで
うんざりするような性格の無職の男を見つけ、
恋をとばしていきなり結婚したのだったが…
『生きる気まんまんだった女の子の話 / 江國香織』、
突然いなくなった飼い猫の「竹」を毎日捜す小学生の少女。
やっとの思いでたどり着いた彼女が知らない家の庭で見たのは
竹にそっくりの八兵衛という猫だった…
『竹 / 岩瀬成子』、
夫が営む古本屋を手伝ってきた妻は、自分にまったく関心を持たず構ってくれない夫への不満を抱えていた。
そんなある日、お客が処分した古本入りダンボールから出てきたのは
その家の息子と思われる者が書いた遺書だった…
『ある古本屋の妻の話 / 井上荒野』、
外の世界を知らず、
人間のお母さんの愛情を一杯受けて育った家猫の「おちびちゃん」。
ある日、窓から外を眺めていたおちびちゃんは、茶色くて大きな虎模様の猫に出会い、初めて見る外の世界の魅力に引き込まれ、ついに住み慣れた家からの脱走を試みるが…。
『おかあさんのところにやってきた猫 / 角田光代』、
歳を積み重ねながら何度も生き返る人間の男の子と
百万回生きた猫の絆。
一人と一匹の「死ねない理由」にニヤリとした(笑)
『幕間 / 川上弘美』、
愛情深い科学者によって
何度も生き返らされる猫の悲劇を皮肉混じりに描いたショートショート
『博士とねこ / 広瀬弦』、
他にもくどうなおこ、町田康、今江祥智、唯野未歩子、山田詠美、綿矢りさ、
谷川俊太郎など、そうそうたるメンバーが競演している。
中でも僕が心を持っていかれたのは、
愛を知らなかった猫が
愛する意味を知るために犠牲にしたものに涙した、
角田さんの話。
これは、猫を飼ったことのある誰もの心に強烈に響く話だと思う。
他には
佐野洋子さんが出版したいくつかの本のタイトルを
さりげなくストーリーに織り込むという
ウルトラC技に唸った江國香織さんの話や、
絵本のとら猫も登場するサービス精神に拍手した井上荒野さんの話や、
抜群の意外性で
トリビュートでも川上ワールド健在だった川上弘美さんの話かな。
どの作家も自分の持ち味に+アルファを加えて物語を書いているので、
いつもの作風とはちょっと手触りがちがっていたり。
原作に対するリスペクトや『好き』が伝わるのはもちろんだけど、
目には見えないが、
いい意味での作家同士の対抗心や
完成された絵本が原作なだけに
下手なモノは書けないという、
それぞれの作家のプライドや緊張感なんかも
そこはかとなく感じさせて(笑)、
そのプレッシャーがあったればこその
自由でバラエティに富んだ
いいトリビュート集になったのだと思う。
読み終わった僕はまた物思いに耽る。
恋の終りはいつも突然だ。
片目のジャックは霧深い冬の朝、車に轢かれて死んでいた。
出会って2年が経った本当に寒い朝だった。
彼女も絵本の中のとら猫に会ったのだろうか。
その後、何年かして、同じ黒猫のヤミクロと出会い、僕は一緒に暮らした。
7年後その彼も逝ってしまった。
そして、今年また僕は猫と出会った。
黒白猫の野良のバツマルだ。
人生はめぐる。
猫もめぐる。
野良猫に、さよならを言う方法はまだ見つかっていない。
- 感想投稿日 : 2018年1月25日
- 読了日 : 2018年1月25日
- 本棚登録日 : 2018年1月25日
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